二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

トランバンの騎士

INDEX|35ページ/89ページ|

次のページ前のページ
 

 僅かに首を傾げた佳乃に、ヒックスはうっすらと涙の浮かんだ――不本意ながら佳乃の発言は、それほどまでに彼の『ツボ』に入ったらしい――片目を閉じて軽くウインクをした後、言葉を追加した。
「トランバンの礼拝堂は、領主の悪趣味が反映されててよ。金銀財宝で飾り立てた目がチカチカ眩む女神像が計6体もあるんだぜ? あそこじゃ神妙にお祈りなんて、できっこねーって」
 ひらひらと手を振るヒックスは、不意に口調を改める。
「やっぱ、懺悔や祈りを捧げるのなら、落ち着く雰囲気の女神様がいいだろう?」
 微かに同意を求める響きに、佳乃は曖昧に頷く。
 想像することしかできなかったが、ヒックスの言うような金銀財宝で飾り立てられた女神像など、確かに目に痛そうだ。
 そして、ヒックスの言葉からもう一つ解ったことがある。
 農民である村人でさえも食うに困るのは、領主が贅沢をするためだったのだ、と。
「ヒックスさ……まには、何かお悩みがあるんですか?」
 つい『さん』と呼びそうになり、佳乃は『様』と言い直す。ここでの暮らしには慣れたが、『様』付けには未だに慣れていなかった。
「俺の悩みなんか、団長の抱えているものに比べたら、小さいもんだ」
「……イグラシオ様の、悩み……?」
 不意に上がった名前に佳乃は瞬くと、先日見たばかりのイグラシオの背中を思いだす。
 納屋で黙々と柄を削るイグラシオの背中は、話しかけ辛い雰囲気を発していた。結局、赤ん坊というある意味で最強の武器を使って佳乃は話しかける事ができたが、根本的な問題は何一つ解決していない。何か、自分が失言をしたのだろうとは思っていたが。
 あの場にいなかったはずのヒックスは、イグラシオの悩みを知っているらしい。
 ということは、自分がしたであろう失言はただの『きっかけ』であり、悩み自体は元から存在したのだろう。
 首を傾げた佳乃に、ヒックスは顔をしかめる。
 口を滑らせて、不味いことを言ってしまった。
 騎士に悩みがあるなどと、女性である佳乃の耳に入れてよしとするイグラシオではない。
「人間、誰にだって人に言えない悩みの一つや二つあるだろうさ」
 失言を誤魔化そうと話をまとめに入ったヒックスの言葉に、佳乃は瞬く。
 イグラシオの悩みはわからないが、確かに自分にも『人には言えない』悩みがあった。



(人に言えない悩み……かぁ)
 ヒックスの口から漏れた言葉に、佳乃はそっと目を伏せる。
(イグラシオさん、あんなに一生懸命なのに……)
 佳乃が孤児院に居候するようになってから、すでに二ヶ月以上が経っている。
 その間、イグラシオは十日と間をあけずに孤児院に顔を出してはいたが、本来はとても忙しい身であるとエンドリューから聞いていた。
(信じてもらえないだろうな、ってホントの事を言えないわたしはずるい……)
 少なくとも、佳乃がイグラシオに『こことは違う世界から来た』『だから、この世界に佳乃の帰るべき場所はない』と誤解を与えずに説明することができれば、イグラシオが忙しい仕事の合間を縫って『存在するはずのない』佳乃の帰る場所を探す必要はなくなる。
(でも、わたしは……)
 ずるくても、卑怯と罵られても、未だにイグラシオに本当の事を説明できていない。
 たとえ佳乃にとっては真実であったとしても、とても信じてもらえるような話ではなかったし、頭のおかしい人間だと気持ち悪がられるかもしれない。身元不明の佳乃を、自分の家とも言える孤児院に預けたイグラシオの事。どんな人間でも受け入れられるのかもしれなかったが――少なくとも、佳乃ならば表面上はどうあれ、内心では一歩相手との距離をとる。
 そしてそれを、おそらくはこう呼ぶ。
 拒絶、と。

 佳乃は無意識のうちに、イグラシオに拒絶される事を恐れていた。



「……ヒックス様の悩みは、神様にお祈りしたら解決するものですか?」
しばし俯いた後、急に口を開いた佳乃に、ヒックスは気が付く。
 佳乃にも、人に言えない悩みがある、と。
「俺は騎士だが、神様なんてものは信じちゃいない。まあ、色っぽい女神様ぐらいは信じたっていい気もするが」
 肩をすくめながら女神像に視線を戻したヒックスに、佳乃も視線を女神像に移す。佳乃のいる礼拝堂の神像は6柱の女神だが、他の――例えばトランバンの――礼拝堂の神像も、やはり6柱の女神なのだろうか。改めて考えると気にはなるが、直接生活には関わってこないため、どうしても後回しになってしまっていた。
 ヒックス曰く『色っぽい女神像』を佳乃が見つめていると、ヒックスはため息混じりに言葉を続ける。
「どんなに祈りを捧げても、結局どうするかを選ぶのは自分自身だ」
 何をか、は言わない。
 が、それがヒックスに祈り――むしろ、神頼みだろう――を捧げさせているのだろう。
 ヒックスの言葉に、佳乃が視線を女神像からヒックスに戻すと、ヒックスが見つめている物は『色っぽい女神像』ではなく、その後ろ――どこか遠くを見つめているのだと気が付いた。
 口調こそおどけてはいるが、彼の悩みも根が深い。
 そう確信して、佳乃は再び目を伏せる。
 悩みがあるらしいイグラシオは、佳乃には何も話さない。佳乃もそれを無理に聞き出そうとは思わなかった。大人の男性であるイグラシオが頭を悩ませるような難題に、自分が手を貸してやれるとは思わなかったし、他人に話して解決するような悩みであれば、イグラシオは佳乃ではなくネノフやエンドリューに話すだろう。
 だから佳乃は、口を噤む事を選んだ。
 悩みを聞きだそう等とはせず、イグラシオの選択に任せた。
 関わりたくなかったのではない。関わらせてもらえなかった場合を恐れたのだ。
 ヒックスもまた悩みを抱えているらしい。が、存在を信じていない神にそれを委ねるだけで、佳乃には何も話しはしない。
 ほぼ初対面に近いので当たり前のことだが――初対面に近いという意味でなら、佳乃も見えない神様も大差はないはずだ。
 それでも、二人とも方法こそ違うが、自分の力で解決に向けて足掻いてはいる。
 佳乃には、それがほんの少しだけ羨ましかった。
「それは……もしかして、逆にすごく幸せなことかもしれません」
「ん?」
「どうするかを決めるのが自分自身ってことは、まだ『選ぶ権利』はあるって事ですよね? 誰かに決められた道を選ぶのではなく」
 ヒックスの言葉に気がついた。
 佳乃には選ぶ自由はなかった。
 いつのまにかこの世界にいて、帰る方法がわからない。生きていくためにイグラシオの好意に甘え、孤児院に身を寄せた。
「それはたぶん、幸せです。だって、自分が選んだ事なら、失敗しても誰かのせいにしなくてすみますから」
 少なくとも、佳乃には『誰かのせい』にする事すらできてはいなかったが。
「正直、わたし『祈る』って、ここに来てから初めてしました」
 佳乃とて盆と正月に墓参りぐらいはするが、普段から宗教など意識はしていない。
「祈ったところで、誰かがわたしの悩みを解決してくれるわけじゃない。そんな事、解ってます。でも、こうして祈っていると……」
 目を閉じて、手を胸の前で組む。
 また笑われるかな? と思いながらも佳乃は静かに祈りを捧げ、言葉を続ける。
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ