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トランバンの騎士

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「……落ち着きます」
「は?」
 目を閉じていても、ヒックスが訝しげな表情をしているだろうことは想像できた。
 が、佳乃はそれに気が付かないふりをする。
「落ち着いて、色々な事が考えられます。そうすると、今まで見えなかった事に気が付いたり、ほんの少しだけ気が楽になったりします」
 言葉を区切り、佳乃は目を開く。
 予想通り、ヒックスは不思議そうな顔をしているが、先ほどのように大笑いはしていなかった。
「……す、すみません。わたし、うまく言葉にできなくて」
「いや、いいけどよ……」
 軽く頭をかくヒックスに、佳乃はほんのりと頬を染める。
 イグラシオの悩み同様、佳乃には関わる権利のないヒックスの悩みにヘタな口を挟んでしまい、話を余計に混乱させてしまった気がした。
「そうですね……時間が許すようだったら、考えます。時間がなかったら、勢いにのっちゃいます。考えて、考えて……何が最良なのか、時々は人や神様に頼ってもいいけど、やっぱり答えだけは自分で決めて。最後に勇気をもって、それを選べばいいんです。だって、選んだってことは、つまり自分がそうしたいって事ですから」
 足りない言葉を足そうと懸命に頭を捻る佳乃に、ヒックスは苦笑を浮かべる。
 佳乃の言葉を実行できるかどうかは別として、彼女が言わんとしていることは理解できた。
「ずいぶん前向きな回答だな」
「理想論、ですけどね」
 イグラシオに本当の事を話すか否か。それを随分長く悩んではいるが、未だに佳乃は選んでいない。結論など、選ぶまでもない選択だというのに。ほんの少し勇気が足りず、未だに選択の時を伸ばし続けていた。
「……どちらを選んでも後悔すると判っている『選択』でも、お嬢ちゃんは選べるかい?」
「どちらを選んでも必ず後悔するのなら、それこそ自分で考えて決めたいです。……それから、おもいっきり後悔します」
 ヒックスの言葉の中には、彼の悩みの片鱗が潜んでいる。が、佳乃にはそれを暴く趣味はない。
 それよりも、ヒックスの言葉の中には自分の悩みに対する回答も垣間見えた。
 なんとなく、穏やかな時の流れに身を任せ、この場所に落ち着いてきてはいるが。
 やはりここは、自分の居場所ではない。
 このままここに落ち着いてもいいかな、とも思い始めているが、やはりそれではいけないだろう。
 ここで新たに自分の居場所を作ることはできるが、佳乃の故郷はやはり日本なのだ。いくら新しい居場所を作れたとしても、ここは本来の居場所ではない。
(……いつか、言えたらいいな)
 そう遠くない未来で、イグラシオに。
 自分が別の世界から来た人間だと。
 きっと最初は信じてくれない。けれどイグラシオならば、時間をかけて話せばいつかは信じてくれる気がする。そして彼なりの方法をもって、佳乃が元の世界へ帰る方法を探す手伝いをしてくれるだろうと『信頼』もしていた。
 足りないのは、真実を告げるための勇気だ。
 イグラシオに拒絶されることは怖いけれど。
 怖い、怖いと、佳乃が最初から情報を開示しないのはおかしい。
「あ、おしめかな……」
 不意に聞こえてきた赤ん坊の泣き声に、佳乃は視線を裏口に向ける。
 別棟にいるためにくぐもった赤ん坊の泣き声は、おしめが濡れて不快だと言っているようだった。――すっかり、泣き声だけでミューの伝えたい事が判るようになっている自分が、少しだけ誇らしい。すくなくとも、ここに来る前の自分であれば、赤ん坊の世話等できなかった。
 ここに来たことは不慮の事故以外の何物でもなかったが、得た物も大きい。
 帰る事は、決して諦めない。
 今はまだ勇気がもてないが、そのための努力もいずれはする。
 が、ここにいる間はありったけの愛情を子ども達に注ごう。
 ――そう心に決めて、佳乃はヒックスに向き直る。
「それではヒックス様。わたしはこれで失礼します。すぐにシスターに取り次ぎますね」
「あ、ああ……」
 佳乃がぼんやりと考えに沈んでいる間に、ヒックスもまた何かを考えていたらしい。
 佳乃の言葉にワンテンポ遅れて頷いた。



 ぱたぱたと足音を立てて礼拝堂を出る佳乃の後姿を見送ってから、ヒックスは瞬く。
 少し、ぼんやりとしていた。
「……選ぶのは自分、か」
 佳乃が自分の悩みを知っているはずはないのだが、本質を貫いた言葉が耳に痛い。
 佳乃の言った言葉に、間違いはない。
 たとえどんなに悩もうと、選ぶのは自分だ。
 後悔しても、選択の自由があっただけましで、幸せなことである、と。
 再び女神像を見上げ、ヒックスは考える。
 傲慢な主人に仕え、弱き市民を踏みつけにする騎士の道か。
 心のままに弱き市民を守るため、剣を振るう人の道か。
 団長であるイグラシオは前者を選んだ。
 本来ならば、自分もその道を選ぶべきだ。
 選ぶべきだが――選べずにいる。トランバンから遠く離れた村の礼拝堂で、情けなくも未だに悩んでいた。
「……確かに、ここは考え事をするには最適な場所だな」
 年季のはいった神像は厳かで優しい微笑みを浮かべている。街特有の喧騒もなく、静か――赤ん坊の泣き声も聞こえることは聞こえるが――だ。
 イグラシオがわざわざここを選んで考え事をするのも、頷ける。
 ここには騎士が守るべき『弱き市民』の最たる者――例えば、孤児、老女、若い娘――も居る。彼女たちの存在を間近く感じることで、秤にかけているのだろう。騎士道と人道を。
 そして、今は騎士道を選んでいる。
 イグラシオの育ての親にあたるネノフが居る限り、孤児や佳乃が領主に歯向かうことはないと確信して。
 騎士道と人道を秤にかけることはあっても、板ばさみになることはないと。
「もしも、あのお嬢ちゃんが……」
 柳眉をよせながら懸命に言葉をつむいでいた佳乃の表情を思いだし、ヒックスは眉をひそめる。
 気が付いてはいけないことに気が付いてしまった。
 ネノフではだめだが、佳乃ならば――
 不穏な方向へとそれ始めた思考を遮るように、佳乃の出て行った裏口方向から新たな足音が聞こえた。決して軽くはない足音に、佳乃が戻ってきた訳ではないと知る。子ども達でもない。となれば、取り次ぐと言った佳乃の言葉通りに、年老いた修道女が礼拝堂に来たのだろう。
 外側から開かれるドアに、ヒックスは『選択』した。
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ