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トランバンの騎士

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【09章】癒しの力


 佳乃が孤児院に住むようになり、すでに四ヶ月以上が過ぎていた。
 日本とは違う気候に最初は気が付かなかったが、佳乃がここに来たのは春先だったらしい。春にミューが来て、初夏にピクルスを作り、夏に『ここ』が『どこ』なのかを知った。
 そして秋に向かい始める夏の終わり。
 佳乃は孤児院の敷地からほとんど出なくなっていた。
 孤児院で子ども達の世話役として暮らしているうちに、礼拝堂で時々出会う村人に新しく着た修道女と勘違いをされてもいたが、よそ者である佳乃と排他的な村人のそりは合っていない。というよりも、孤児院にきたばかりの頃はできるだけ情報を仕入れようと積極的に外へも出ていたが、『ここ』が『レジェンドラ大陸』と自覚してからは佳乃が外へ出なくなったということもある。いくら『ここ』が『どこ』なのかと情報を集めても、帰る方法など見つからない――探しようがないと言うのが正しい――と悟ってしまった。
 内に籠もりがちな佳乃と、排他傾向にある村人が、馴染めるはずはなかった。
 そのかわり、村の子どもと佳乃の相性は良い。
 大人とは違い子ども達は佳乃がよそ者であろうとも気にしなかったし、毎日のように孤児達と遊んでいるのでお互いに慣れてしまった。最初こそ失礼な話だが、親元で育つ子どもと孤児の間には違いがあるのだろうか等と思ってはみたが、佳乃が卑屈になってそんな心配をする必要なかった。
 大人たちにしてみれば、孤児の姿は明日の我が子の姿だ。
 食べられなくなれば、次の日には自分の子どもが預けられるかもしれない。愛する我が子を間引くのは、可能な限り避けたい最後の選択だ。それを避ける為には、孤児であろうと我が子であろうと、余力があってもなくても支えあわなければならない。
 そんな孤児を見下すことなく接する親達に育てられた子どもが、孤児と自分達を違うものと考えることもなかった。



 背負い紐でミューを背中に括りつけ、佳乃は洗いたてのシーツを風に広げる。ハイハイをするように背中で懸命に足を振るミューに、時々バランスを崩しそうになりながらもシーツを洗濯紐にかけた。パンパンっと手で叩いて皺を伸ばした後、佳乃は次のシーツをビータから受け取り、また同じように広げる。
 孤児院ではすでにお馴染みとなった、いつもの洗濯風景だ。
 いつもと違うところは、踏み洗いをする役割が双子ではなくズィータとイオタが行っている事だろうか。珍しいことに今日の双子は佳乃から離れ、エプサイランが家畜の世話をするのを見学している。
「佳乃ママ、デルタが!」
 不意に孤児院の門を指差し、声を上げたズィータに佳乃は瞬く。すぐにその指差す先を追い、村の畑を手伝いに行っているはずのデルタが丘を駆け上がってくるのが目に入った。
「なにか、あったのかな……?」
 不安気に眉を寄せたビータが、佳乃に身を寄せる。
 確かにおかしい。
 デルタは今日、アルプハと共に妊婦がいるため働き手の足りない家の畑を手伝いに行っている。午後になって帰ってくるのならば解るが、まだ正午にもなっていない。一日の畑仕事が終わるにしては、早すぎるだろう。それでなくともアルプハと出かけたデルタが、一人で帰ってくるのはおかしかった。
 身を寄せてきたビータの頭を撫でながら佳乃は、門扉を開き一目散に孤児院の中へと駆け込むデルタを見つめる。
 デルタは佳乃達に一瞥をくれることもなく家の中に飛び込むと、すぐに前掛けと袖捲くりをしたままのネノフと一緒に戻ってきた。
 その間も、デルタが佳乃達を見ることはない。
 ただ手を引かれるままに走るネノフが『心配ない』とでも言うように、一度だけ佳乃達を振り返った。



 食器を洗う佳乃の横で、ズィータは踏み台に乗って水滴のついた食器を拭く。ぴったりと密着してくる訳ではないが、佳乃から片時も離れようとしないズィータは――先ほどのデルタの異変が、不安なのだろう。先日イグラシオが子ども達に何も告げずトランバンに帰ってから、ひと月近く経つ。その間イグラシオが一度も顔を見せていないのも、ズィータの不安に影響しているのかもしれない。
「?」
 食器を洗う水音に紛れて聞こえてきた足音に、佳乃は首を傾げた。
 足音は、1つや2つではない。
 ネノフとデルタが帰ってきた、という訳ではないとはっきりと解る人数の足音に、佳乃は台所の入り口に視線を向けた。明らかにネノフや兄弟たちとは違う重量のある足音に怯えたズィータは、踏み台を降りて佳乃のスカートを掴む。佳乃は宥めるようにズィータの髪を撫でてから、いったい何事か、と状況を確認するため廊下へと顔を出し――早足に廊下を歩くネノフが佳乃の目の前を通り過ぎて行った。
「シスター? 何かあったんですか?」
 常になく乱暴な足取りで歩くネノフに、佳乃は瞬く。
 ネノフに続いて早足で廊下を歩く村の男達に佳乃が戸惑っていると、ネノフは足を止めないまま答えた。
「佳乃も手伝ってちょうだい」
「何を?」
「まずは薬箱を持って、礼拝堂に運んでほしいの」
 薬箱? と眉を寄せて聞き返す佳乃の背後で、足音の正体はネノフと見知った村人だったと知ったズィータが動く。流し台の横に置かれていた踏み台を食器棚の前へ移動させて、佳乃を呼ぶ。
「佳乃ママ」
 名前を呼ばれて佳乃が振り返ると、ズィータは踏み台と食器棚の上を指差した。ズィータの身長では踏み台に乗っても手が届かないが、佳乃になら手が届く。食器棚の上にはネノフの望む薬箱が置かれていた。
 ネノフと男達が何をしようとしているのかは解らなかったが、佳乃はズィータに促されて踏み台にのり、薬箱を手に取る。
 いったい何が起こっているのか。
 それはまったく解らなかったが、一大事らしいことだけは解った。
 佳乃は手に持った薬箱をしっかりと胸に抱くと、礼拝堂へと続く裏口のドアを開いた。



 佳乃が礼拝堂の扉を開けると、そこには男が5人いた。
 見覚えのない顔が多いが、中には見知った顔もある。知った顔はすべて村の男達だ。ということは、他の知らない顔もこの村の男達なのだろう。
 男達は礼拝堂に入って来た佳乃に一斉に視線を注いだが、それがネノフではないと解るとすぐに視線を元に――男達は長椅子を囲んで円形に立っていた――戻す。男達の視線の先に、長椅子に横たわる少年の姿を見つけ、佳乃は眉をひそめた。
 長椅子に寝かされている少年の顔には、見覚えがある。
 村の子どもで、アルプハと一番仲が良く、良く2人でつるんでは女の子に悪戯をして泣かせているザイという少年だ。
 いつもはアルプハと並んで朗らかに笑っている顔が、今は別人のように青白い。
 服を赤く染め、長椅子から床へと流れ落ちる鮮血に、佳乃は目を見張った。
(……ひどい怪我)
 腹部からの激しい出血を、とにかく止血しようと一人の男が――たしか、ザイの父親だ。以前、ザイに紹介された事がある――ザイの腹を押えていた。それが止血方法として正しいのか、間違っているのか佳乃にはわからない。たとえ正しく応急処置ができたとしても、その後の処置が間に合わなければ――出血量から見て、間違いなくザイは助からない。
 そして佳乃が知る限り、この村に医者はいない。
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ