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トランバンの騎士

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 止まる様子を見せないザイの出血に、佳乃の血の気が引く。
 医者のいない村。止まらない血。
 そこから導き出されたザイの辿るであろう運命に、佳乃が眉をひそめる。と、弱々しい少年の声が横から聞こえてきた。
「……佳乃ママ」
 いつもとはまったく違う弱々しいアルプハの声に、佳乃は声の方向へと顔を向ける。
 朝は元気に出かけていった少年が、今は真っ青な顔をして立っていた。
 佳乃と目が合うと、アルプハはゆっくりと佳乃の元へと歩き――ほんの少し足を引きずるような少年の歩き方に、佳乃は驚く。
「アルプハ!? どうしたの、その怪我……」
 ザイ程ではないが、大小様々な擦り傷を作ったアルプハに、佳乃は一瞬だけ驚いた後、ホッとため息を吐いた。目立つ傷が膝と肘、頬にあるが――悪くて傷跡が残るぐらいだろう。処置が遅れたとしても、死ぬようなことはなさそうだった。
 ゆっくりと近づいてくるアルプハを待てず、佳乃はアルプハの元へと歩く。佳乃が目の前までくると、最年長という自負から『ママ』とは呼んでもこれまで佳乃に抱きついたり甘えたりといった行動を取らなかったアルプハが、佳乃に抱きついた。
「ママ、ママ!」
 佳乃の胸に顔を埋め、珍しくも泣き叫ぶアルプハに、先に礼拝堂に来ていたデルタとビータが驚く。怪我をしているのは自分達ではないが、不安に潰されてしまいそうなのは自分達も同じだ。
 自分の胸の中で泣きじゃくるアルプハの頭を、佳乃は薬箱を持っていない手で撫でる。
 2度、3度と鳶色の髪を撫でていると、大量の布を持ったネノフが礼拝堂へと入って来た。その後ろには、桶と水がめを持った村人が続く。
「佳乃はアルプハの手当てをお願いね。私は……」
 アルプハを宥める佳乃を見た後、ネノフは視線をザイに向ける。
 どうやら、医者のいないこの村では、ネノフがそれに近い役割を担うらしい。
 完璧な医者の変わりにはもちろんなれないが、薬のような貴重品は貧しい農村の一般家庭にはない。
 村と同じく貧しい孤児院に薬があるのは、すべてイグラシオが寄付として持ってきたからだ。
 ネノフもそれを承知しているので、怪我人を礼拝堂へと運ばせたのだろう。礼拝堂に集まった村人は、ザイを安静に礼拝堂まで運ぶ人員に違いない。
「シスター、俺は何を……」
 男達の輪に入り、ザイの横に腰を落としたネノフに、止血を試みていた父親が眦を下げて問う。いくら押えても止まらない出血に、父親の顔は本人以上に青白かった。
「ザイの手を握っていてあげなさい」
「あ、ああ……」
 愛する息子の為に、できることは何でもしたい。が、何をすれば息子の血が止まるのか。情けなくも眦を下げたまま男に、ネノフはそう言い捨てる。冷たいようだが他に言いようはなかったし、父親が身近く見守っていてくれることは、ザイにとっては大きな力になるだろう。
「アルプハは外に行こう」
 ザイと向き合い、治療に専念し始めたネノフに、佳乃はアルプハの体を引き剥がし、促す。
「でも……」
 ザイのことが心配だ。
 そう、その場を離れようとしないアルプハに、佳乃は言葉を重ねる。
「まずは傷口をキレイにしないと。ザイのことは、シスターに任せましょう」
「……うん」
 自分達が側に居ても、ネノフに邪魔になるだけだ、と佳乃はアルプハの手を引く。
 佳乃の言葉に、アルプハはザイとネノフを見つめ、ビータとデルタに視線を向けた後、しぶしぶとそれに従った。



 膝と肘の処置を終え、頬の傷を消毒する。そこに当て布をつけてアルプハの手当ては終了した。
 手当ての合間に、いったい何があったのか、と佳乃はアルプハに聞く。
 嗚咽交じりではあったが、落ち着きを取り戻し始めたアルプハは、デルタに補足されながらゆっくりと佳乃の質問に答えた。
 曰く、アルプハとデルタ、ザイの3人でイパ――妊婦の妻がいる村人だ。今日は彼の畑を手伝う予定で、アルプハとデルタは孤児院を出た――の家に向かった。が、ほんの少し魔が差して寄り道をした。止めるデルタを無視して2人で木に登り、足を踏み外したアルプハに驚いたザイが木から転落した。アルプハは運よく擦り傷のみで済んだが、ザイは運悪く尖った木の枝に体を貫かれ――現在に至る。
 手当ての終わったアルプハから事情を聞き終わると、人数はいるが静まり返った礼拝堂にネノフのため息が響いた。
 その音に佳乃が視線をネノフとザイに向けると、ネノフが手を休めている。
 ザイの方も一応の手当てが終わったのだろう。
「……これで、一応手当てはできたけど……」
 縫い合わせてはみたが、一向に止まる気配を見せない出血に、巻いたばかりの包帯がうっすらと赤く染まり始めている。血止めの薬は、まだ効き始めていないらしい。
 目を細めてザイを見下ろすネノフに、父親は言い募った。
「シスター。シスターは僧侶だろ? 癒しの奇跡は使えないのか?」
 聞き馴染みのない父親の言葉に、佳乃は眉をひそめる。
 それから、なにやら『奇跡』を求められているらしいネノフに視線を移した。
「癒しの奇跡が使える僧侶は、今ではもう大分数が減っていて……私に扱えるのは、小さなまじないぐらいです」
 肩を落として弱々しく答えるネノフに、佳乃は瞬く。
 いつもは年齢を感じさせない張りのある話し方をするネノフの、別人のように打ちひしがれた姿にも驚いたが、それ以上にネノフが『おまじない』をするという事も知らなかった。もちろん佳乃の考える『おまじない』と、ネノフの言う『まじない』が同じ物とは思えなかったが、ネノフの口ぶりから察するに、この世界には『奇跡』を扱える人間がいるらしい。
「嗚呼……私に奇跡の力があれば……。今苦しんでいるザイを救うこともできるのに……」
 胸の前で手を組み、ネノフは祈りを捧げる。
 自分の手で出来ることは全てやった。
 ザイがこのまま死ぬも、生きるも、あとは――ザイの生命力しだいだ。
 祈り始めたネノフに、父親は項垂れる。
 奇跡の力を操る僧侶の存在は知っていたが、同じ入道した者であってもネノフにそれは扱えないらしい。
 祈りを捧げてくれているネノフには申し訳なあったが、自分の息子の未来に父親は絶望した。
 いくら高価な薬を使って治療しようとも、まず血が止まらなければ自分の息子は死ぬ。
 それが嫌というほど身にしみた。



(デルタ、癒しの奇跡って、何?)
 項垂れる父親と祈りを捧げるネノフに、佳乃は隣で事態を見守っていたデルタにそっと耳打つ。デルタは佳乃の質問に驚いて目を丸くすると、すぐに小声で答えた。
(僕も噂程度にしか知らないけど、僧侶の中には女神の力を借りて、癒しの力を発現できる人がいるらしい)
 『癒しの奇跡』が具体的に何を指すのか、の説明はなかったが、デルタは佳乃にそう答える。デルタの言葉に、佳乃は首を傾げた。
(その人って、この辺にはいないの?)
(そんな話、イグラシオ様からは聞いたことないよ)
 デルタは佳乃よりも世情に詳しく、この世界の本も読む。本から得られない類の知識は、イグラシオやエンドリューから得ていた。
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ