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トランバンの騎士

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 デルタが知る限り、周辺の村に僧侶はネノフしか居ない。トランバンにも教会はあるが、そこで神職についている僧侶にも奇跡を扱える者がいるとは聞いたことがなかった。宗教国家であるトパーズまで赴いたとしても、今では商業国家といった方がしっくりくるあの国で、奇跡を扱える僧侶を探し出すのは難しいだろう。
 神話に謳われる神々が地上を去って数百年。
 長命なエルフ族とは違い、何代も世代を変えてきた人間に、神話の時代の信仰心を抱き続ける事は不可能だった。人を纏める道具としての宗教は残ったが、神々に捧げられるべき本来の信仰はほぼ絶えている。
(第一、居たとしても謝礼が払えなければ……)
「僧侶なのに、お金取るの?」
 ぽつぽつと語られる情報に、神職にある者には『おまじない』以上に頼りになる『癒しの奇跡』という物と使える人間がいるらしい。なんとなくではあったが、そう理解した佳乃は、続いたデルタの『謝礼』という言葉に思わず素っ頓狂な声をあげ――ネノフとザイを見守っていた村人の視線を一斉に集めてしまった。
 佳乃は反射的に口を押さえ、苦笑いを浮かべる。
 さすがに、場違いな声であった。
(『寄進』っていうのが正しい)
 佳乃に向いた視線を集めるように、デルタは小さく咳払いをする。僅かではあったが村人の視線が自分から逸れてデルタへと向き、佳乃はホッと息をはく。
(……どう言ったって、人助けでお金を取るのね)
 話しに聞くだけでは素晴らしい能力のように聞こえるが、その実、もらう物はちゃんと貰うらしい。
(そりゃ、奇跡が使える僧侶は希少だから)
(なんで希少なの?)
 首を傾げたままの佳乃の問に、デルタは瞬いて視線をネノフから佳乃に移す。それから心底不思議な物でも見るような顔つきで、佳乃を見つめたまま口を開いた。
 そういえば、博識でネノフや本に載っている以上の知識を披露してくれる事のある佳乃という女性は、逆に常識の一部が欠如している場合があった、と。
(奇跡が使えるといっても、厳密には人間が力を使うわけじゃないんだ。力を使うのは、あくまでも女神様)
 これだけ言えば、佳乃にも意味が解るだろうか? そう思ってデルタは佳乃を見つめていたが、首を傾げたままの佳乃の黒い瞳に、理解の色は浮かんではいなかった。今まさに死に瀕しているザイの父親でさえ、ネノフに嘆願することを諦め、納得してしまっている『事』なのに。
 一向に納得する様子を見せない佳乃に、デルタはさらに続ける。
(奇跡を願う僧侶の祈りに女神が応えてくれて、初めて『癒しの奇跡』は成立する。女神に届く祈りを捧げられる僧侶となると……相当修行を積まないと無理なんじゃないかな)
「癒しの奇跡が使える僧侶は『癒し手』と呼ばれるわ。その意味は、その手に女神が現出されるから。いわば、女神の器となりうる者だけが、癒しの力を借りられるのよ」
 デルタの言葉を、ネノフが補足する。
 さすがの佳乃にも『使える者がいない』理由は解っただろう――とネノフは佳乃に視線を移すが、当の佳乃はやはり首を傾げたままだった。
 佳乃からしてみれば、ネノフとデルタの言葉の意味が解らない。
 修行をすれば祈りが届くのならば、いくらでも修行をすれば良い。それが希少な能力であるのならば、身に着けて損はないはずだ。にもかかわらず、現在は『奇跡』を扱える僧侶が少ない。手に職をつけて困ることはないと思うのだが、修行をさぼる者などいるのだろうか? と佳乃は疑問符で一杯になった頭を重たそうに傾ける。
「……女神の器たりえる条件はただ一つ」
 一向に理解する素振りを見せない佳乃に、ネノフは負けた。修道女としても、礼拝堂を預かる身としても、あまり大きな声では言えないが、学のない村人でさえも慮って口を閉ざした言葉を唇に乗せた。
「『女神の存在を塵ほども疑わず信じる』こと。女神への絶大なる信仰心が、人と女神との架け橋となって、癒しの力をお借りすることができるのよ」
 ネノフやデルタは『遠まわし』に何かを言っている。
 ようやくそれを理解して、佳乃はそこだけに重点を置いて考えた。
 ネノフの言うことには、条件はたった一つ。
 聞くだけならば、本来は修行も必要がなさそうな条件だった。
「……つまり、ネノフは女神様を信じていないのね?」
 ネノフの挙げたたった一つの条件で奇跡が使えるのならば、つまりはそういう事になるのだろう。
 修道服を身に纏い、シスターと呼ばれ、礼拝堂を預かってはいるが、ネノフは心から神に仕えているわけではない。
 佳乃以外の全員が理解していた事をようやく理解し、佳乃は傾げられたままだった首を元の位置に戻す。
 正常に戻った視界に修道女の姿を捕らえ、佳乃はまっすぐにネノフを見つめた。
 佳乃のまっすぐすぎる視線から、ネノフは目を逸らして口を開く。
 その口から洩れた言葉は。
 その言葉こそが、ネノフを修道女ではなく、孤児達の『母』としている証拠だった。
「もしも……もしも、本当に女神がおられるのなら、なぜ……ザイがこんな目にあっているの? 何故、こんなにも孤児となる子が多いの?」
 なぜ――と、つられて洩れそうになった言葉を、ネノフは飲み込む。
 この先は、誰にも洩らさない秘密だった。



「ねぇ……」
 必要なのが、本当に『女神の存在を疑わない』事だけならば、佳乃には提案がある。
 そう口を開きかけた佳乃を、ザイの父親が遮った。
「うるさいっ!」
 静かな礼拝堂に響いた怒声に、ビータとデルタは身を震わせた。
 ネノフと会話をしていたはずだが、突然大声を上げて立ち上がった父親に佳乃は瞬く。あまりの剣幕に佳乃が動けずにいると、ザイの手を放した父親は佳乃の側へと大股に近づくと、胸倉を掴んだ。
「よそ者は黙ってろッ!!」
「「ママ」」
 次の瞬間、力いっぱい後方へと突き飛ばされ、佳乃はしりもちをつく。
 それを見ていたビータはすぐに佳乃に側に膝を付き、デルタは佳乃と男の間に立ち塞がった。
「お、俺の息子の命がかかってるってんのに、のん気に馬鹿話しやがって……っ!」
 デルタに睨まれ僅かに勢いを無くした父親が、そう毒づく。
 父親の苛立ちは完全には消えていないようだったが、デルタにけん制されているのか、再び佳乃に手を出してくる事はなかった。
 床に強く腰を打ちつけた佳乃は、ビータに助けられながら立ち上がる。突き飛ばされた事は腹が立つが、自分が父親と同じ状況にあれば、佳乃の発言は確かに彼を苛立たせるには十分な物だっただろう。
「あなたの息子さんの命がかかっているってのは、知っています。わたしだって一応この子達の母親ですから、この子達に何かあったら、誰かに当たってしまうかもしれない」
 自分を支えるビータの頭を撫で、佳乃はデルタとアルプハを見る。
 3人とも――この場にいない他の子ども達も――佳乃が産んだわけではないが、大切な家族だ。まだ自分で子どもを産んだ事はないが、彼らが望むのなら、母と子であっても構わない。
 そう思っている。
「でも、だからこそ……可能性があるのなら、なんでもやってみたいって思いませんか?」
作品名:トランバンの騎士 作家名:なしえ