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巫女さんなシズちゃんと帝人くんの話

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短い息を何度も吐き出しながら一人、少年は駆けていた。
ぎゅう、と強く握りしめた通学鞄の肩紐が肩に食い込んで
足を地面に打ち付けるたび鈍い痛みを訴えている。
先ほどから走り続けているせいか酸素を吸うより吐く方が多いものだから
脳に酸素がいかなくてくらくらしてくる。

でも止まれない。
肩が痛くても、わき腹が痛くても、頭がくらくらしても
この足は止められない。

決して運動神経がいい方ではなく、体力もない自分が
こんなに過酷な運動に勤しんでいる理由はただひとつ、防衛本能に否応なしに
突き動かされているだけだ。
走っているおかげで感じなくて済んでいるあちこちの傷。
まだ新しかった制服がところどころ、鋭利なナイフで裂かれたように
なっている、その切り傷を負わせた相手からひたすら逃げているのだ。
相手が人間であれば迷わず駅前の交番に逃げ込むのだが
そうではないから対処に困る。
自分にこんな傷を負わせたのは人でないものは俗に言う『妖怪』だった。


どうしてこんなことになったのかわからない。
自分は人に恨まれるようなことをした覚えはないし、
これからもするつもりもない。もちろん、人外相手にもだ。

いつもならばとっくに帰宅していい時間だった。
家とは反対方向に逃げ続けているのは家にまで追って来られたら余計に
まずいことになる。
当てどなく駆けているとどんどん見知らぬ景色に変わっている。
後ろから風のようについてきた気配はもうしない。

は、と一つ浅い息をして足を止めるとどっと疲労が襲ってきた。
呼吸を断続的に深いものへ変えて酸素を求めて大きく肩を上下する。
ぺたりとしゃがみ込むと切られた場所がじくじくと痛んだ。
心臓の動きに合わせてじんじんと痛みが強くなり、反射的に視界が滲む。
「なんで、僕がこんな目に…」
ぽつりと零した独り言が余計に惨めな気分に拍車をかける。
じんわりと涙が膜を張って、もう恥も外聞もなく泣き喚きたい気分だった。

「竜ヶ峰くん…?」
そんな情けない背中にかけられたのは一番会いたくない人の声。
柔らかい、鈴を控えめに転がした小さな声。
大人しい同級生、園原杏里のものだ。
「そっ、園原さ…!」
ばっと振り向くとそこには私服姿の杏里がいた。
片手にはスーパーの袋を提げている。
ああそうか、夕食の買い物をするのを忘れていた。
今からでもまだタイムセール間に合うかな。
好意を寄せる少女に恥ずかしい姿を見られて激しくうろたえる一方で
どこか冷静に夕食の心配をする自分がいる。
痛みに紛れて気付かなかったが、空腹を訴えてずいぶん経っていた。

「酷い怪我です。早く手当てしないと…」
そういってしゃがみこんでハンカチを差し出す手をまともにみられない。
「竜ヶ峰くん?」
俯いたまま顔を上げようとしない少年を訝しんだのだろう、
少女が不思議そうにのぞきこもうとするのを頑なに拒むようにますます
少年は顔を俯けてしまう。
「ご、ごめん園原さん、でも大丈夫だから、その僕は」
涙の跡を誤魔化すようにぶるぶると首を振るが
かえって酷く心配させてしまったようだ。
「竜ヶ峰くん、とりあえず紀田君には連絡しましょう。
その、紀田君はケンカが強いと聞いたので」
「ええっと、たぶん無理だよ。
その、人間じゃないから…」
「人間じゃない…?」
その時少女の右手が不自然な痙攣を起こした。
ハッとしたように杏里は腕を抑える。
「あっ、ごめん!人間じゃないなんて言って信じてくれないよね。
はは、僕何言ってるんだろ…ごめん、忘れて」
不自然な少女の動きをどう受け止めたのか、
少年はあわてて言葉を言いつのって弁解を始めた。
本当はそのまま言い捨てて走り去りたかったのだが
疲労困憊した身体とじくじくと痛む傷が少年を地面に縫い付けてしまっている。

「いいえ、違うんです。竜ヶ峰くんが嘘をついてるなんて思いません。
こんな傷、すごく大きな刃物じゃないとつけられないと思います。
とにかく早く手当てしないと大変なことになります…」
「で、でも…病院に行ったらそのまま警察行きになりそう」
「確かにそうですね……あ、知り合いにお医者さんの方がいるんです。
その人は個人でやっているので…ちょっと待って下さいね」
携帯を取り出して電話をかけ始めた少女の横で
少年は痛む割に出血が少ない傷をぼんやりと見下ろしていた。
制服が無残なことになっている。
当然替えなどないので明日から何を着ればいいのだろう。
私服校なので制服がなくてもなんとかなると言えばなるのだが
学校に私服で通うと言う感覚がどうにも違和感があって仕方ない。

「もしもし、園原です。岸谷先生ですか?はい、あの今お時間は
空いていますか?…はい、ええ、…友達が、ちょっと怪我を…」

ピッと通話を終えた杏里は遠慮がちに少年を立たせる。
「あの、今から診ていただけるそうです。少し歩きますが…行きましょう」
促されるままに向かったのは病院ではなく、高級マンションの一角だった。
ここは個人病院ではどう見てもない。
もしかして今日休みのところを無理に頼んでくれたのだろうか。
だとすれば非常に申し訳ない。

「ご、ごめんね園原さん…その、夕食とか…」
躊躇いがちに手に提げたままの買い物袋を見やると
杏里はそういえばそうでした、と呟いた。
どうやらすっかり忘れていたらしい。
気にしないでください、という少女がマンションのエントランスに佇んでいた
人影を目にした途端ぱっと表情を明るくする。
「セルティさん」
『やあ杏里ちゃんこんにちは。今日はどうしたの?』
…それは、酷く奇妙な光景だった。真っ黒なライダースーツに身を包み、猫の耳のような形が付いた
フルフェイスのヘルメットを被っている人。それだけなら少しの違和感で済んだ。だが、喋らないのだ。
先ほどもPDAに素早く文字を打ち込んだものを杏里に見せていた。口がきけない人なんだろうか?

「あ、岸谷先生に診ていただこうと思って…
すみません、もしかして用事があったんですか」
『いいや全然。それより後ろの子だろ?すっぱり切れて痛そうだよ。早く上がって』
ちらりと視線を向けられて反射的に身を竦めてしまう。
そうですね、と頷いた杏里に腕をひかれて為すがまま少年はマンションに踏み入った。


「やー、災難だったねえ」
出迎えてくれたのはやや童顔ということを除けば
至って普通の青年だった。
眼鏡の向こうに人懐こそうな笑みを浮かべて治療しながら
自己紹介をしてくれる。
「私は岸谷新羅といいます。まあ慈善事業の一環で自宅で診療みたいなことをやってるよ。
こっちはセルティ。とっても素敵で可愛いけど
惚れちゃダメだからねってイデっデデデ!まったくセルティってば照れ屋さウギギギ」
「あ、あの」
後ろから岸谷さんの腕を掴んでひねり上げているライダースーツの人。
杏里から女性だということは聞いていたのでその気易い間柄を見るに、
「…お二人はご夫婦なんですか?」
おずおずと指摘をすれば医師はぱあっと表情を輝かせて喜色満面の笑みを浮かべた。
「うん!事実婚だと僕は思っているんだけどやっぱりわかる人には
僕らの間にある長年の夫婦のような雰囲気がきっと漂っているんだね!