きみのなかに
「だって」
言い返そうとして、オレはうまく言えなかった。
決別をしても、日本は中国を忘れたわけではなかった。今までの思い出を、これからも後生大事に抱えていくのだろう。
「…アメリカさん?」
日本が近付いてきて、オレを覗き込む。多分今、凄い微妙な顔をしている自信があったので、見せたくなくて日本を抱き締めた。
「いつかはオレの茶碗とかも、そこに仕舞うのかい?」
「…はあ?」
日本のように、長く生きてきたわけではないので、千年を生きるという時間の流れはオレには分からない。こういう場所に隔離して、忘れる。そしてたまに引っ張り出して思い出す。ものは思い出すきっかけになるからだ。
そうして思い出す。あの頃は、こんなだったと。懐かしく、美化された思い出を。
オレとの思い出も、いつか仕舞われて、こういう風にたまに空の下に広げて、懐かしいですね、と呟くのだろうか。それが何だか、寂しい。
「わざわざ茶碗を物置には仕舞いませんよ」
溜息を吐いて、日本は言った。
「もしかしたらいつか、使っている途中で割れるかもしれない。そうしたらあなた、私の所へは来なくなるんですか?」
「そんなわけないよ!」
オレは即答した。
茶碗のために日本に来てるわけじゃない。それはあくまでオプションというか。
でしょう?日本が小さく笑うのが分かった。
「割れたら、新しく買いましょう。歯ブラシも駄目になったら買いましたしね」
「…また手を繋いで買いに行く?」
「さて、それはその時の機嫌にも寄りますけど」
オレの腕から逃れて、日本は笑った。
「今度、あなたのコーヒー用のマグカップを買いに行きましょう。それから、あなたの服を掛けておくハンガーも」
足りなくなってきましたからね。オレを見上げて、日本は微笑んだ。
「ジャケットは箪笥には仕舞えませんから、クローゼットを一つ、買いましょうか。そうしたら着替えに困ることもなくなるでしょう?」
これからも、増える。物置ではなく、生活の中に。日本の生活空間の中に、オレのモノの占める場所が。
それを日本が認めてくれている。それがわかって、オレは気分が高揚してきた。
「日本……それって奢り?」
ようやく笑って言ったオレに、まさか、と日本が答える。
「ちゃんとあなたが買ってくださいね。あなたが使うものなんだから」