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(インテ新刊サンプル)翼あるもの

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 並盛と黒曜という、隣接する街がある。
 治安が悪く混乱も少なくなかった二つの街に、三年前統治者が生まれた。
 自らを王とは名乗らなかったが、秩序を正して街の中を整備し、住人が安全に暮らせるよう知恵と力を絞った彼らを、住民は密かに王と呼び畏れ慕っていた。
 今では治外法権すら認められている二つの街を統治しているのは、まだ二十歳にも満たぬ二人の青年。
 黒曜の王の名を六道骸。
 そして並盛の王の名を、雲雀恭弥といった。



 十五時を告げるまで、あと十分ほど余裕がある。
「───予定より早いじゃない」
「当たり前です。僕らの姫君を助け出せるチャンスを、みすみす逃すわけがない」
 骸の隣で、凪も静かにこくんと頷く。




「お待ちしておりました、『並盛の王』雲雀恭弥様」
 白い上着に白いズボン、というのが教団の衣装らしい。
 案内役の男が、恭弥に向かって頭を下げる。
「視察に来いと言われたから見に来たんだけど」
「はい、わざわざのお運びありがとうございます。…おや、そちらの方は」
「黒曜に住む僕の友人だよ。今ここで内容を把握させておけば、後々黒曜に支部を作るときに楽だと思うけど」
「…左様でございますか。それでは、こちらに」



 白で統一された空間の中に、人数分の靴音だけがいやに響き渡る。
「我が教団『天の架け橋』(あめのかけはし)は、名前の通り虹をご神体としています。同時に、天を翔る能力を持つ天羽族(てんうぞく)を信仰し、保護の対象に」
「ふうん」
「天羽族の方は素晴らしいお力をお持ちだ。人間より優れた身体能力と魔力を持ち、その翼で空を舞う。我々人間もその力を手にして、少しでも神に近づきたいと願っています」
 熱弁を振るう案内役の男を、三人は冷淡な瞳で見遣るが、男はまるで気づいていない。
「人間は如何にすれば天羽族と同じ力を手にすることが出来るのか、日夜研究を重ねております。そのために、何人かの天羽族の方にご協力を戴いておりまして」
「要は、人体実験を行っていると?」
「人体実験だなんて人聞きの悪い!神に近づきたいと願う信者に、天羽族の方の崇高なるお力を分けて頂いているだけですよ」
 言い方を変えたとしても、やっていることには変わりない。
「お力を分けて頂く方法は二つ。天羽族の方からご提供頂いた血液を人間に投与するか、羽を呑み込むか。羽を呑み込む方法は体質によって大きな拒絶反応も出ますから、有効な方法とすれば血液を投与する方がリスクは少ない」
「羽と一緒に、髪の毛を呑み込むのも有効だと聞いたことがありますが?」
 骸の問いに男が頷く。
「ええ。ですが天羽族の髪の毛は、血液や羽以上に能力が凝縮された場所です。たとえ髪の毛一筋でも呑み込めば、弱い人間の器など容易く壊れてしまう」
 彼らはそれだけの力を秘めた、化け物ですから。
 くつくつと笑う男に、凪が顔色を青ざめさせる。
「いまの我々に、髪の毛から能力だけを取り出し精製する技術はありません。ですから、血液や羽の提供だけでも充分なのです」
 自動扉が開かれた先には、大量に呪府の貼られた扉と、小さなガラス窓があった。
「ご覧下さい、あれが我らの生き神、『琥珀の姫』です」




 窓の向こうには、二、三メートル四方ほどの白い空間があるだけ。
 そこに、何かが横たわっていた。
「何度名前を尋ねても教えようとしないので、やむなくこちらで名を付けさせて頂きました。身体的特徴からの命名ですが、なかなか良い名でしょう?」




 金茶色の髪、白い翼。
 粗末な白いワンピースから伸びる、包帯の巻かれた細い手足。
 ふいにそれがころりと寝返りを打ち、天井を見上げる。
 鎖と枷で繋がれた手を空に伸ばし、はるか彼方を掴むように握り締める。
 小さな唇が、ぽそりと何かを呟く。