ハピハピバースデー!
☆
そして数分と置かずに執務室の扉がノックされて。
「───うっす、待たせたな!」
「取りに行ってきたぜ」
ブランド名の入った大小のペーパーバッグ手にした武が、隼人と共に入ってくる。
「なあ凪、骸は今日のこと、憶えてた?」
「いいえ、憶えてなかったわ」
「ほらな、俺が言ったとおりだっただろーが武」
「ちぇー、やっぱ賭けは俺の負けかー」
「…賭けてたんですか、君達」
「ん?まあ、憶えてないだろうなーってのは予想してたけど」
あっけらかんとして言うと、武は手にしていたペーパーバッグを骸に手渡す。
「…ほらこれ、みんなからプレゼント」
「あ、ありがとうございます。…開けてみても?」
「ああ」
武の返答に、骸ははやる気持ちを抑えつつ、まずは大きい方のペーパーバッグを開いた。
「…夏用の、スーツ一式ですか」
「どっちかって言うと骸も恭弥と同じで、普段着が俺みたいにTシャツとカーゴパンツって感じじゃねーじゃん?だったらいっそのこと、仕事着の方が使い勝手良いかもなーって、3人で話して」
「まあ、そうですね」
骸の普段着はシンプルにカッターシャツとスラックスか、良くて黒かグレーのジーンズだ。武ほどカジュアルな恰好はあまり似合わない。
「サイズは凪が店員に説明して誂えたから、上着の肩幅とか袖や裾の長さも問題ないと思うぜ」
「ああ、でしたら大丈夫ですね」
骸が凪の服のサイズを知っているように、凪も骸の衣服のサイズは把握している。
彼女の意見が盛り込まれているなら、心配はないだろう。
後で早速クローゼットに吊り下げておこう。
一旦それをペーパーバッグに納めた骸は、続けて小さい方のペーパーバッグをのぞき込む。
中には四角い箱が入っていた。
「では、こちらの中身は?」
「開けてみろよ。驚くぜ?」
隼人に促されて箱を開けば、入っていたのは銀無垢のつるりとした丸いフォルム。
「これ、まさか…!」
「そ。前にお前が生産終了になったって言ってた懐中時計。メーカーに問い合わせて貰ったら、在庫が一個だけ残ってたんだとよ。ラッキーだったな」
表裏共に蓋が開くようになっており、時計本体はフルスケルトン仕様。
本体裏面から見える機械部分にも細かい彫刻が施された、見事な造りだ。
「想定外です…欲しいとは思ってましたが、まさか手に入るとは思ってませんでした。ありがとうございます、大事にします」
「礼を言うなら恭弥に言えよ。その時計のスポンサーは恭弥だから」
「ありがとうございます、恭弥くん!」
「うん」
感謝の言葉を述べた骸に、恭弥が頷く。
ここまで喜んで貰えたなら、わざわざ探させた甲斐があったというものだ。
「じゃあ、最後はひいさまからね」
「姫君からも?」
「…っていっても、俺は凪のお手伝いしただけだし」
「でもひいさま、粉をふるうところから全部やってくれたもの」
「そうですよ姫様。チョコレートを刻むのだって、一生懸命やってたじゃないですか」
「わたしは殆ど横で見ていただけだから、ひいさまが一人で作ったのと同じよ」
謙遜した綱吉に、凪と隼人が後押しする。
「手伝い、と言うことは」
「はい」
頷いた凪が、綱吉の前に置かれたままだった箱をそっと引き取って、蓋を開ける。
「骸はチョコレートがすきだから、ガトーショコラを焼くんだって凪から聞いたんだ。それで、俺もそのお手伝いさせて貰いました」
「姫君の焼かれたケーキですか…!」
骸が子供のようにオッドアイをきらきらと輝かせる。
箱から引き出されたガトーショコラは、表面をチョコでコーティングした上にチョコレートホイップでデコレートしてあった。
「改めて、見事な出来栄えですね、姫様」
「姫すげーなー、クリームの形も綺麗にできてるじゃん」
「凪がね、上手く絞り出すコツを教えてくれたんだよ」
「でもひいさま、一度教えたらすぐにできたわ」
「上手いじゃない。あの母君にしてこの娘あり、ってことかな」
「にいさま、かあさまはもっと上手にできてましたよ?」
手放しに褒められて照れくさそうにする綱吉に、骸はううう、と唸る。
「……姫君」
「なぁに、骸?」
「無理を承知で聞きますが…このケーキ1ホール、まるごと僕一人で食べちゃダメですか」
「ええっ、食べられるの!?」
思わず綱吉は問い返した。
これはこの場にいる6人と、今は出かけている犬や千種達みんなで食べられるようにと、少し大きめの型で焼いてきたのに。
「食べられますとも」
チョコレートを好物だと言っていることもあって、骸は甘いものに目がない。
同年代の男性が敬遠しがちなスウィーツだって、彼は女の子達と同じくらい…いや、それ以上の量をぺろりと平らげてしまえる。
まして、自分のあるじが手ずから焼いてくれたケーキならなおさらだ。
「これくらい、余裕です」
けろっとした表情で返す骸に、なんとなく展開を予想していた綱吉以外の4人は苦笑する。
「骸ー、俺達にも姫の焼いたケーキ、食べさせて欲しいんだけど」
「独り占めはずるいわ、骸様」
「…ですよね。言ってみただけですよ」
代表して反論した武と凪にクフフ、と笑って返し、骸は手にしたままだったプレゼントのペーパーバッグを執務机に置きに行く。
「凪、隣の給湯室でコーヒーを淹れてきてくれますか。みんなで食べましょう」
「はい」
「じゃあ俺、一緒にケーキナイフと皿とフォークの準備する。武、手伝えよ」
「ん、わかった」
作品名:ハピハピバースデー! 作家名:新澤やひろ