合宿2日目、23時。
「えーっ? イヤだよ、ボクは……」
部屋にやってきた男たちを見るなり、吉田はつまらなそうに唇を尖らせた。子供っぽい仕草だが、陽気なラティーノの血が流れているせいか妙に様になる。
「だいたい、犬と一緒に寝るなんて確かにここ貧乏宿舎だけどサ、犬小屋じゃないんだよ?」
「誰が犬だ! 若手を犬扱いするなとあれほど……」
つくづく美形はトクだな、なんてことをぼんやりと考えているうちに、赤崎はうっかりと吉田の暴言を聞き流してしまった。それを横目でちらりと見遣り、村越が小さく息を吐く。
「ちょっといいですか? 王子、とりあえず荷物重たいんスけど……」
そうそう、こうやって受け流していればいいんでしたよね。
夕食の後、内々に呼ばれた食堂のテーブルで、有里と松原に頼まれた部屋分けの再編成。聞けば、王子吉田が同室の者たちを追い出したのだという。なので、吉田部屋のメンバーを新たに選び直すことになったのだが、昨日決めて今日、改めて部屋割りをし直すのも全体に影響するのが目に見えているので、ひとまず対吉田ができる面子を吉田の相部屋にし、抜けた部屋に宮野・亀井の両名を入れることにしたのだそうで。
とりあえず、吉田に振り回されない、できれば吉田を封じ込めることができる者を……その白羽の矢が立ったのが赤崎と村越らしい。
赤崎自身は別に誰と同室だろうが取り立て問題はなかった、強いて欲を言えば小うるさくなくて部屋を清潔に使う者、それが守られていててこちらのペースさえ乱されなければ相手は誰だっていい。その点で言えば、吉田も村越も個人主義、申し分ないはずである。
「じゃ、おじゃまします」
村越からの指示は、『王子のペースにはまらないこと』だった。確かに、フィールド上で彼の軽口に翻弄される相手方のプレイヤーを沢山見てきた赤崎には心当たりがありすぎるほどある。振り回されない為には、吉田の言葉に耳を貸さないのが得策だろう。
「ちょっと、だからボクは男と同室は嫌だって……」
「そんな我が儘が通じる状況かどうかはお前が一番わかってるだろう?」
扉に立つ吉田の脇をすり抜けようとした赤崎を引き留める吉田に、村越が低く唸るような声で諫める。その隙に、するりと腕の下をすり抜けて部屋に入り、赤崎は絶句した。
「なん……です、こりゃ?」
所詮、安い宿泊施設。窓から見える景色こそ違えど、昨晩泊まった部屋と間取りは同じであるはずなのに、なぜだかその部屋は入ってすぐ、目の前ど真ん中にベッドが鎮座していた。しかも三人分を合体させたキングを通り越した巨大なベッドの塊が。
「なに、ってボクのベッドだよ。ここの宿泊所のベッド安モノだからね」
スプリングが固いのも嫌だけど、狭っ苦しいのは耐えられないからさ。
「お前、亀井たちを追い出してこんな事していたのか」
唖然とする赤崎の後ろから村越の苦り切った声が聞こえる。それに ふふ、と鼻で笑って、吉田が だからね、と続ける。
「この部屋あと二つもベッドを入れる余裕なんてないでしょ? だから……」
「赤崎、お前のベッドは左側でいいな?」
「えっ? ちょっとコッシー、待ってよ!」
だから出て言けと続ける言葉を遮り、村越がどっかりと右側のベッドに腰を下ろす。
「お前がどう取り計ろうとも、俺と赤崎とお前は合宿の間、同じ部屋だ。俺は譲らんし、赤崎を追い出させるような真似もさせない」
少しばかり慌てた吉田にきっぱりと言い切って、村越がちらりとこちらへ視線を向ける。
どうやら初戦は村越の勝ちのようだ。
「赤崎、早く荷物を片づけよう」
「……ウス」
促され、壁際に三つ並んだチェストを開ける。ベッドと同じ、左側の扉を開ければ、ふわりと甘い香水の匂いと共にきちんと整理された荷物が覗く。どうやら吉田の物らしい。
「人の荷物を勝手に覗かないでよ」
「すいません」
ありありと不機嫌を声へと滲ませた吉田に短く謝罪して、赤崎は真ん中のチェストへと荷物を片づけてゆく。
チェストの中を見る限り、思った通り、いや、思ったより吉田は潔癖な性格のようだ。村越もその生真面目さを考えれば推して知るべし、である。
これは、案外気持ちよく暮らせるかもしれないな。ぼんやりと考えながら、壁際に填め込まれた大きな姿見へ視線を転じた。姿見の中、赤崎へと割り振られた左側のベッドに腰を下ろした吉田が、頬を膨らませて壁を向いている。相変わらず子供のような仕草だが、やはりなにやら可愛らしいと感じてしまう。
つくづく美人はトクだな。
考えて、思わず緩みそうになった口元を引き締め、赤崎はチェストの扉を閉めた。
作品名:合宿2日目、23時。 作家名:ネジ