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嘘吐きラバー

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『この結果、シズちゃんは色んなものを後悔する。必ず』
「……!」
『傷付いたシズちゃんを見たくない……俺の本心も、理解してね』

そのままブツリ、と一方的に通話が切られる。夜中なのに冴えている頭、されど折原の言葉を呑み込むまで、俺は無機質なツー、ツーという音を聴き続けていた。
我に返った俺はゆっくりと電源ボタンを押し、通話を終了する。画面に表示された数字に、随分と長い時間話していたのだと気付き、二階で寝ているだろう千景の姿を思い浮かべた。
今、聞かないと。間を置いたらきっと俺は聞けなくなる。意を決して階段を昇るが、極力音を立てないように。千景が本当に熟睡していたら明日に回すしかないと、言い訳を頭で考えて。

「千景……?」

軽くノックし、返事が無ければやめようと思っていた矢先、余りにも突然ドアが開く。まさか起きていたとは思わず、完全に面喰った俺は、暗い微笑を浮かべた千景を見つめた。

「起きてたのか?」
「ああ……なんか目が覚めちまってな」

千景は何処か居心地が悪そうに視線を逸らす。身を引いたのを見て部屋に入ると、千景はベッドに腰掛けて俺を見上げた。

「どうかしたのか?」

明らかに余裕の無い声を不思議に思いながらも、回りくどい事が出来ない俺は、率直に訊ねる。一度深く、深呼吸してから。

「さっき、折原から電話が来た」

ひょっとしたら千景が気分を害するかもしれないと、勇気を必要とする言葉だったのに、俺を見上げる瞳は少しも揺らがなかった。昼間は名前を出すだけで怒ったから、てっきり今回も不機嫌になるだろうと思ったのに。些かそれに違和感を感じながらも、短く「そうか」と答えた千景に言葉を重ねる。

「折原は……千景が俺に嘘を吐いているって言った。……俺には正解が判らないから、お前に聞く。……そんな事、無いよな?」

俺の中での予想は、そんなことはない、と即座に否定する言葉だった。だが千景はそれには答えず、ずらして逆に俺に問う。

「静雄はどう思ってんだ?」
「どう、って……。俺は……お前も折原も、嘘は吐いてない気がする。でも、意見が食い違ってるんだから、どちらかは違う……んだと、思う」

もしかしたら、お互いの勘違いという可能性もある。そんな希望的な推測を立てた俺から千景は視線を逸らした。
目の前の男は俯きながら寂しそうな笑みを貼りつけているが、笑いたくて笑っている訳じゃないというのは、その色が自嘲に近い事から推測できた。俺には千景の感情が理解出来ない。

「もし折原の方が嘘吐いてるんだったらどうする?」
「……ぶん殴りに行くに決まってる」

千景はもう俺を見ていなかった。

「じゃあさ、俺が嘘吐いてたら?」
「……いい加減にしろ」

沸々とした怒りは、単純な理由からだった。回りくどくて、俺を試すような物言いは誰かに似ている。俺を混乱させて苛立たせ本心をかきみだ……誰かにって、誰だ?

「言いたい事ははっきり言え。俺にばっかり答えさせんなよ」

見た事も無い千景の表情への戸惑い、不安、焦り。折原によって少なからず植えつけられた、この男への不信感の所為で、俺は考え方が短絡的になっていた。
もしかしたら。いや、まさか、と。

「言いたい事なんてねえよ」
「あ?」

千景が突然顔を挙げる。今にも泣き出しそうで、悲痛を具現化したような、……笑顔で。

「静雄をこの上なく傷付ける、そんな言いたい言葉なんて無いんだ」
「……どういう意味だ」
「でも、……それが正解なんだろうな」

俺というより、自分に言い聞かせるような言葉。咄嗟に耳を覆いたくなるくらいの悪寒が全身を襲い、無意識に俺は拳を作る。身構えて、ショックを抑えようとする防衛本能が、このタイミングで働くなんて。
そして間髪入れず、

「ごめん」

その後、

「嘘吐きは、俺の方なんだ」

と言い、

「静雄の恋人は折原臨也だ」

眼を細め、

「これは嘘じゃない」

口を閉ざす。

「……千景」

何の言葉も浮かばない俺は、ぽつりと、一瞬前まで「恋人ごっこ」をしていた男の名を呟いた。
そしてその男はゆっくり立ち上がり、上ずった声で俺に声をかけ、熱っぽい眼で見つめて来た。

「好きだ、……好きなんだ、静雄が」
「っ……」
「こうでもしなきゃあんたは俺を見てくれない。……教えてくれよ、静雄。今、……今だぞ、今……俺の事、好きか?」

なんてずるい聞き方だ。お前が繰り返す「今」。それはどっちの今なんだ。このひと月を過ごした今? 嘘の告白をした直後の今?
俺は怒りと吐き気で、答えられず、ただそいつの頬を思い切り張って部屋から飛び出した。あらん限りの力を込めたはずの掌、なのに悲しさと、得体の知れない感情によってその手は震えていた。



「言ったでしょ。……後悔するって」



 チープな殺人予告
   (中途半端にイっちゃって!)

作品名:嘘吐きラバー 作家名:青永秋