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嘘吐きラバー

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『今、何処に居るの?』
「……大宮駅」

すぐ行くよ、という青空のような声。電話を切った後、とっくの昔に終電も通り過ぎた駅の前で、俺はぼんやりと佇んだ。
日中に比べれば静かな場所。冷えた外気に晒された肌は熱を帯びていて、息も今しがた整ったばかりだった。


嘘吐きラバー 4


正直、どうすれば良いのか判らないというのが本音だった。俺に千景が言った事、折原が言った事。整理し、限りなく客観的視点から見ても、誰が悪いのかと言われれば答えははっきりしている。
当然俺も、信じられねえ、有り得ねえ、胸糞悪い、と気分は落ち込んでいたが、それだけじゃない。とても大きな喪失感に見舞われ、特に寒い訳でも無いのにさっきから俺の身体は震えていた。唯一、千景を殴った右手だけがはっきりと熱を持っていた。
その手を持ち上げ、手首を額に当てる。感情に任せて出て来た事をほんの少しだけ悔みながら。
そうしている内に、俺の前で車が一台止まった。顔を挙げれば、後部座席から昨日の昼間に会った男が現れた。こいつが、正真正銘の、俺の恋人。
そんな証拠何処にも無いのに。

「シズちゃん」
「……」

眼を合わせる事が出来ず、しゃがみ込んだまま俺は視線を泳がせた。折原は全部判っているよ、とでも言うような、底が見えない微笑を湛えて俺に手を差し出す。その手が意味するものは理解出来たが、その手に縋り付けるほど、俺は落ちぶれてなんかない。
自力で立ち上がり、折原の手を避けようと一歩踏み出す。だが重心が動いた瞬間、身体が傾く。その感覚に驚いたのは他でもない俺で、予想以上に自分は身体も心も不安定になっていると自覚した時には、俺の身体は折原に支えられていた。

「大丈夫?」
「あ……」

初めて触れる感触はぬるくて、俺は血が熱くなったような錯覚を覚えて思わず折原の顔を凝視する。触れたのも初めてであれば、こんな至近距離で顔を合わせるのも初めてだ。初対面の時から一般の男よりも水準が高いのはなんとなく判っていたんだが、間近で見た折原の整った顔立ちにはぞっとした。自身で手入れをしているのかもしれないが、それを抜きにしたって限度があるし、眼を離せなくなる不思議な威圧感。そんな、奴の瞼が少しだけ降りたのを見て俺は我に返った。

「わ、……悪い」

自分より背の低い男にほぼ全体重を預けていた事を思い出して慌てて足に力を込めるが、その途中でまた腕に倒れ込む。今度は、背中に回された腕の明確な意思で。

「やっと戻ってきたね……シズちゃん」

抱き締められている体勢、耳元に吹き込まれる声に、羞恥を感じるより先に惑乱した俺は身体を固くする。見ず知らずの男にこんな事をされているなんて、と。俺と折原を結ぶ関係を忘れるくらいには、強く。

「っ……、や、」
「怖い?」

何を問われているのか判らず、ただ首を横に振った。折原は泣く子供をあやすように背中を撫でてくるが、その余りにも優しい手付きに更に身を縮ませる。

「お、おり、……はら……」
「……」

舌っ足らずな言葉を漏らせば、何故か押し黙って息を詰める。一度強く背を叩かれ、拘束が解けるが肩肘は張ったままだった。

「とりあえず、此処じゃ落ち着いて話も出来やしない」
「……何処か行くのか?」
「俺の家」

停車したままだった車に乗り込む折原の背中を見ながら、どうしようか逡巡し、躊躇いながらも中に続く。間に人ひとり分の隙間が空いているが、距離は感じなかった。折原側の窓を少しだけ見つめ、千景の残像を振り払うように強引に眼を伏せた。
埼玉と東京は隣り合っているとはいえ、当然それなりに距離がある。程良く空いている道路を移動しながら、小気味好い揺れと騒音に眠たくなってきた。シートに背中を預け、身体の強張りを解いた俺を横目で見ている折原に気付かなかったはずはなく、気まずさから俺はそのまま眠りに落ちる事で逃避を図った。




俺の横で微睡んでいた静雄は今は完全に寝入っていた。俺が髪に触れても全く起きる気配がない。静雄の事だから、俺と六条が街中を走り回って喧嘩していた時も心配して眠っていなかったのだろう。幼い寝顔には疲労感が見受けられた。

「……シズちゃん」

運転手に気付かれないレベルの小さな声で囁いても、静雄は全く反応しない。聞いて欲しい、応えて欲しいと願うなら肩をゆすって起こせば良いんだが、そうもいかない。
外見上は俺の知っている平和島静雄に変わりなかった。痛んだ金髪もそうだし、抜けるような白い肌も細い体躯も繊細な指先も。何処も違う所なんて見当たらず、少なからずそれには安堵していた。

仕事で一ヶ月間忙しかったのは本当の事だったが、静雄に連絡出来ないくらい秒刻みのスケジュールだったかと言えばそうじゃない。それをあえて連絡しなかったのは、静雄を焦らして向こうから電話かメールのひとつでも寄越すのを期待していたから。最初の一週間くらいは、「ああ、ツンツンしてるなあ」ぐらいしか思っていなかったが、二週間、三週間と経っても音沙汰が無いのは正直予想外で。我ながら、静雄が俺に惚れている自覚はある。熱帯夜を共にした後に暫く会えないかもと告げた時、静雄は心底驚いたような切なそうな表情を浮かべたのを覚えていたから、尚更。幾ら彼が意地っ張りと言っても限度があるだろうと。
そこで試しに新羅に連絡を入れた。静雄はどうしているんだ、と。俺に会えなくて苛々してる? と茶化せば、新羅は心底驚いたように早口に喋った。

『え? 知らないの?』

その言葉に不覚にも混乱した俺はすぐにどういう事だと告げる。

『君が知らないなら誰も知らないんじゃないかな』
「だから、何がさ」
『静雄なら此処最近……いや、もうひと月くらい、ずっと見ていないよ』
「……は?」

詳しく話を聞けば、静雄は俺が出掛けた後に新羅や門田と言った学生時代の友人と一緒に飲んで、それから会っていないらしい。インドア派の新羅だから見かけなかっただけかもしれないと思ったが、運び屋として割とアクティブに池袋を駆け巡るセルティですら、影すら見ていないらしい。セルティも最初こそは俺に会えない寂しさに不貞腐れて家に籠っているのかと楽観的に考えていたらしいが、上司である田中トムと後輩であるヴァローナが二人だけで歩いているのを見かけて驚いたと言っている。面識が無いので確認が取れなかったのだが、思い切って門田を伝って話を聞けば、静雄は数週間前に一日だけ無断欠勤し、その後は一身上の都合で長期の休みが欲しいと彼自身が連絡してきたらしい。

『僕も驚いたよ。割と几帳面で律儀な彼だからね、社会人としてそんな暴虎馮河な事をするなんて。やっと続きような職だったのに、クビになるかもしれない危険を冒してまで』

静雄の事に関しては自惚れの強い俺ですら、静雄が俺に会えない、それだけで仕事を休むなんて事は考えなかった。むしろ寂しさを紛らわす為に、自分を理解してくれる上司や後輩、友人に会う選択をするんじゃないかと。
仕事を早々に切り上げた俺はすぐに、今まで静雄からかけてくるまで待っていた画面を開く。不安が煽られ、急ぐ指に力が籠る。だけど、どれだけ電話をかけても静雄は出なかった。

作品名:嘘吐きラバー 作家名:青永秋