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嘘吐きラバー

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これは不貞腐れているとか、突っぱねているという理由じゃない。もしそうなら、俺から連絡をすれば喜んで出るはず。

「っ……なんで、出ないんだよ……」

直感で可笑しいと思った俺は、残り三日はかかりそうだった仕事を一日で済ませて新宿に戻った。
オフィスに届いていた情報に目新しいものや興味の惹かれるものは余りなく、愛する人間たちは俺の居ない間も変わりない生活を送ったんだな……と、普段だったら満足するだろう。だが、取るに足らないような細かな情報を整理していくと、ほんの僅かに、恋人の手がかりになるようなものを発見した。

『最近、喧嘩人形を見かけないですね』
『ヤクザに埋められたんじゃね?』
『なんか誰も居場所知らないって』

というように直接的なものから、

『病院で超イケメン発見した! しかも二人! でも片方、バーテン服じゃなかったけど静雄さんに似てたなあ』
『なんか自販機がそのまま設置されていると逆に変な気分です』
『池袋ってこんな落ち着いたとこだったっけ』

示唆するようなものまで。
新羅の言葉は嘘じゃなく、静雄は本当にこのひと月の間、池袋から姿を消したらしい。
失踪。
この二文字がちらついて離れない俺は、全く関係無い掲示板のひとつのレスを見てスクロールが止まった。

『よく来てたTO羅丸のリーダーって結局埼玉に帰ったの?』

このレスの日付はほんの数分前。リアルタイムで進むチャット状態の掲示板に、俺は適当なHNをつけてコメントをした。

『あの人って何時頃から見かけなくなりましたっけ』

と、軽い調子で打ち込むと、すぐに返事が返ってきた。

『うーん、月初めの時は確か居ましたよぅ。いっつも女の子連れてましたから、ひょっとして修羅場に巻き込まれてちゃったのかも! 知らないけどねー(o^∀^)o』
『あー俺、あいつ最後に見たの確か一ヶ月くらい前ですよー。でも女なんか連れてなかったっすよ』
『>>486 ひょっとして私と同じ現場に居たのかな! なんか慌てた感じで道を往復してましたよーノシ』

俺はそこでパソコンの画面から視線をずらし、携帯でとあるツテに連絡を入れた。報酬の額を言うと即座に男は口を割った。

『居ましたよ、丁度ひと月くらい前に、平和島静雄似……いやむしろ本人だと思いますけどねえ、それが、病院に。あたしも疑っちゃあ居たんですけど、ありゃあ間違いなく本人ですよ。何の症状かは知らないですが三日ほど入院したそうで。一応下の奴に玄関から出て来た所を撮らせましたけど』
「すぐ何時ものアドレスにお願いします」
『勿論です。それにしてもどうしたんですかねえ……あんたが、犬猿の仲である平和島静雄の情報で、後手に回るなんて。情報は鮮度が大事なのに、もうひと月前の事を、あんたは今更蒸し返す……くく』

皮肉を織り交ぜた言葉を投げ捨てて男は電話を切った。腹立たしくもあったが、全く持ってその通りだった。俺が、静雄の事で、後手になる。これほどの敗北は無いだろう。俺はメール画面を開き、送られてきた解像度の悪い写真に眼を留め、……そして見開く。
そこにはバーテン服ではなく私服に身を包んだ静雄と、他でもない、六条千景が映っていた。整理すれば事の顛末は容易に想像できた。現在静雄は、六条の所に居る。過程は問題ではない、重要なのはその結果だ。来神の友人や上司の所ならまだ理解も我慢も出来たが、何で、よりにもよってこの餓鬼なんだ? この男は、前々から俺の静雄にちょっかいを出して、明確に好意を持っていた。所有物を横取りされるのは尋常じゃない屈辱感と憤怒、苛立ちを感じる。改めて静雄への独占欲を認識した俺はコートを羽織って仕事疲れなど感じさせないくらいの急ぎ足で埼玉まで急ぐ事になる。余りに急ぎ過ぎて、静雄が記憶喪失になっているなんていう極めて滑稽で重要な話に耳を傾けないくらいだった。


「シズちゃん起きて」
「ん……」

ようやく俺のマンションまで到着し、横で眠っていた静雄を揺り起こした。暫くはぼんやりと緩慢な動作を見せていたが、自分が置かれている状況を思い出したのか慌てて車から降りる。
屋上が見えない高級マンションを見上げて口をぽかんと開けている静雄を引っ張り、エントランスでセキュリティを解除する。毛足の長い絨毯に戸惑っているような素振りに、自分が雰囲気に呑まれ場違いなんじゃないかと不安がっている姿は、平素の彼からは想像出来なくて思わず笑みを作る。

「此処……お前のマンションか?」
「自宅兼、事務所ってとこかな。職業柄、敵を作りやすいからね」

俺の部屋まで連れて行くとソファに座らせる。もう数え切れないくらい此処に出入りし、キス以上の事もしていたというのに、まるで知らない場所に放り込まれた子供のように視線を動かし、落ち着きがない。
一先ずそのままにしておき、自分の分の珈琲と静雄のホットミルクを作って持っていく。出されたカップに静雄は不思議そうな眼を俺に向けてきた。

「どうしたの?」
「……ホットミルクとか、飲んだこと……」
「あるよ、シズちゃんは。此処に来ると大体飲みたいって言うんだよ。でね、疲れている時には少しレモン。ほっとしたい時には蜂蜜を入れてあげると何時も喜ぶの」
「ふうん……?」

疑問符を浮かべながら、恐る恐るという体でカップに口を付ける。こくりと鳴った喉を見ていたら、静雄は口を離してぽつりと言った。

「美味い」
「でしょ。俺ほどシズちゃんの好みとか趣向を知ってる奴は居ないよ」
「甘さとか丁度良い」
「何回も作ってあげてるから。甘いのは好きだけど単に砂糖が入ってるだけの奴は嫌いでしょ?」

自信を持ってそう言えば、静雄は眼を丸くし、そしてゆっくり頷く。なんでそんなに俺の事を知っているんだ、と顔に書いてあるのを見て俺は隣に座る。さっきまでだったらびくっと身体を震わせていたはずなのに、警戒心を解いたのか、傍に寄っても無垢な表情を向けたまま。

「シズちゃんの事ならなんでも知ってるよ。むしろ、俺が一番知ってる」
「……千景から聞いた」

静雄にバレないレベルで俺は少し意外そうな顔を作る。今のこの状況だから、俺から話を振らないと喋らないと思っていたからだ。とはいえ、向こうから切り出してくれたのなら少しは俺を信用しているという事なのだから、乗らない手は無い。居住まいを正してから本題に入った。

「俺と……あんたは、付き合ってたって」
「過去形じゃないよ。現在進行形ね。彼、正直に言ったんだ」

もう少しじたばたするかな、とも思っていたんだけど、外れたか。六条の中でも葛藤はあっただろうから。静雄も六条も根が善人だから、人を騙し続ける労力に耐えられないんだろう。だけど俺は違う。奪われたものは力づくでも奪い返す。静雄を奪うか、奪われるか。俺はその勝負に勝ったんだ。

「まだ明け方だからあれだけど、夜が明けたらシズちゃんの知り合い呼んであげるよ。何か思い出すかもしれないし。あ、とりあえず俺らが明確に知り合いだって証拠が欲しいなら、卒アルでも見せてあげるし」
「……いや、良い」

作品名:嘘吐きラバー 作家名:青永秋