嘘吐きラバー
「シズちゃん……シズちゃん」
しゃくり上げながら、静雄は俺を見上げながら言う。
「っ……い、……臨也……」
ぎこちなく言われた名前はまだまだ、「音が違う」。俺を完全に恋人だと割り切れていない声だ。でも、今はまだこれでも良い。シズちゃんが俺を信じてくれるだけで。俺の所に帰ってきてくれただけで。
ぼろぼろと今までに無いくらいとめどなく涙を落とす静雄を愛おしげに見つめ、
「好きだよ」
と短く言う。
「お、俺は……判んねえ……」
まだ己の中の感情を整理出来ていない静雄は、苦しそうに眼を伏せながら呟く。透き通った蜂蜜色の髪に指を通しながら、再び額をこつんと合わせた。
「何時か、判るよ」
「……本当か?」
「本当。もし、判らなかったとしても……俺は過去のシズちゃんより、今のシズちゃんを選ぶよ。だってどっちのシズちゃんも、俺を好きになってくれるって思ってるからね」
一度軽く口付けて、泣き疲れて肢体を投げだす静雄を抱き締めてゆっくりと撫でる。体位を入れ替えて、ソファに凭れる俺の上に静雄が乗る形で。俺の肩口に額を当て、小さく丸まる静雄にどうしようもなく愛しさが沸き上がってきて、片時も離すまいと腕の力を増す。今度はもう、俺の居ぬ間に消えてしまわぬように。
「ぅ……ん……」
「寝ても、良いよ。疲れてるでしょ」
「……ごめん……臨也」
さっきよりも、より正確に、力強く発音してくれる。嬉しくてふふ、と声を漏らすと、やっと心の底から安らいでくれたのか、此処に来てから初めて微笑を浮かべた。久方ぶりに見る破壊力に欲情しそうになる本能を無理矢理押さえつけていると、静雄が俺の服を遠慮がちに掴んで眼を伏せる。可愛いなあ、と思っていたらその口から恐ろしい事を言い出した。
「……起きたら、千景のところに行く」
「は?」
思わず上体を起こしかけたが、静雄は眠そうな柔らかな声で続けた。
「あいつにも……ちゃんと伝えたい。頬、引っ叩いて此処まで来たから……謝りたいし……中途半端なのは嫌だ……」
「……しょうがないなあ」
しかし天敵ともいえる前科持ちの恋敵のところに恋人をむざむざ行かせるほどに俺は甘くは無いので、
「その代わり」
「?」
「俺のところに帰ってくること。シズちゃんの足で、意思で」
そう条件を出すと、少し迷ったようだが、頭が縦に動いた。了承してくれたらしい。
そのまますぐに意識を手放した静雄の髪を撫でながら、僅かに昇った朝陽に眼を向けた。太陽なんかよりも柔らかくて美しくて愛しいこの温もりを、今はただ抱き締めて居たいと。
「お帰り、シズちゃん……愛してるよ」
貴方の居場所は何処ですか?
(僕は大丈夫。孤独じゃないです)