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そのレンズは曇らない

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 ふと聞こえた声に、ゆっくりと瞼を上げた。ぼやぼや、ぼんやり、まだ外は明るい。木の葉っぱの間から入るチカチカした光が眩しい。
『スポーツをされるなら、こちらはいかがでしょう。とても軽いですし、ぐにゃっと曲げても、ホラ!』
『いやあ、試合中はコンタクトにするからなァ』
 ああ、この声。さっきの人かな。お姉さんと一緒にフレームを選んでいるらしい。
 そういえば目の前には、その人のものらしい足がにょっきり生えている。上の段、見てるのかな。
『お、これはどうかな』
『ええと、お客様、それは老眼鏡用のものでして……』
 そうだ、間違いない。やっぱりさっきの人だ。低くて、少しかすれていて、鼻の先がブルブル震えそうなそんな声。
「太めのフレームがお好みでしたら、こちらのシリーズなどいかがでしょう?」
 わ、お姉さんだ。
 続いて、あの男の人がじっと俺たちのほうに顔を近づけてきた。
(わ、わ)
 カッコイイ……けど、ちょっとコワイ!
 その人は眉間に、目の悪い俺にもはっきりわかるくらい深い皺を寄せて、俺たちを見下ろしていた。顔は……うーん、予想していたのとちょっと違うかもしれない。きゅっと不機嫌そうに細められた目は垂れていて、逆に眉毛はピッと釣り上がっている。口はちょっとへの字。顎はしゅっとしていて、髪の毛がまっきっきんだ。
 うん、確かに、ジョニー・デップではないな。でも超カッコイイ……!
 さっき、スポーツしてるって言ってたな。何してるんだろう。なんだか足が速そうだ。いや、でも意外とレスラーとかだったりして……。
「あー……ちょっと、派手じゃねえかな」
 派手な頭を掻きながら、その人は言った。
「うーん、お客様の髪のお色など見ますと、お似合いになりそうですけど……」
「そうかなァ。あ、でも安い」
 さっきまで関係ないって思ってたけど、ぼんやりした視界の先にある鋭い目を見上げていたら、俺はなんだかドキドキしてしまった。この人が俺をかけたら、どんなふうかな。金髪とオレンジって、似合うかな……?
「こちらなどいかがでしょう?」
 お姉さんが持ち上げたのは、青のやつ。違う違うお姉さん、青はダメだって!
「うーん」
「お好きなお色などございますか?」
 オレンジ! オレンジって言って!
「あー、黒、とか」
 黒のやつ、お姉さんに持ち上げられてしたり顔だ。てめえなんて似合わねえよ、ばーか! 案の定、「うーん」なんて言われたりして。ざまーみろ!
「やはり、明るいお色が似合うんじゃないかなあ……あっ、この子なんていかがです? すごく元気の良いオレンジ色なんです!」
 やった! 俺のことだ! 早く早く、お姉さん。
「あー、どうかな、ちょっと派手すぎねえかな……」
「そんなことないですよ。確かにちょっと騒がしいですが、その分とても一生懸命な良い子ですし、身体も丈夫で、軽くて楽だし……それに、意外と繊細だったりもするんです」
 そうそう、その通り!
 うーん、って唸りながらだったけど、ごつごつして細長い指が俺を摘んだ。いつも俺を引っつかむ子たちとは違って、なんとなく優しい感触だ。こわい顔だけど、渋くて深い声で、優しい指――不思議な人だなあ。
 その指はゆっくりと俺を持ち上げて、そっと顔の上に乗せた。

 ――どうしてだろう。
 今まで見たどの景色よりも、今目の前に広がっているものすべてが輝いてる。俺はちっとも見えないのに、それでもどうしてか輝いているのだ。霞がかった視界には、ぼやけた色がぽつり、ぽつり。それはいつも見ているものなのに、今はまるで、“そうあるため”の景色のような……綺麗な景色なのだ。うまく、言えないけど。

「あら、あらあら、あら……!」
「あの、いいです、次のを見せてください」
「まあまあ、そんなことおっしゃらず! ほら、鏡をご覧になって! あら、あら、まあ、まあ……!」
 お姉さんが差し出した丸い鏡を、ゆっくりとその人は覗き込んだ。俺、今、どんな顔しているんだろう。俺を掛けたこの人、どんな顔しているんだろう……。
「あ」
「ね! ね!」
 興奮したお姉さんの声が聞こえる。俺の胸も、ドクン、ドクン、高鳴っている。
「いかがですか!?」
 間違いない。絶対、そうだ。
「そうだな……」

 絶対、この人が、俺の運命の人だ!

***

「……で、俺と堺さんは出会ったってわけ。おい、聞いてんのか、コンタクトレンズ!」
 30分に渡る俺の大演説(『春の日~エピソード・オブ・堺さんとオレ~』)だけど、コンタクトレンズは聞いてるのか聞いてないのかわかったもんじゃない。失礼なやつだ。

 ――今でも俺は、まざまざと思い出すことができる。お姉さんの手で俺はそっとケースから取り出されて、堺さんのために作られた目で、生まれてはじめての世界を見た。
『お、俺、世良ッス! よろしくおねがいひやーしゅ!』
 堺さんの顔の上から鏡を覗き込んでいるときのことだ。気合を入れすぎて噛んだ俺を見て、堺さんはプッと笑った。鏡に映ったその顔を、俺は一生忘れない。
 堺さんの笑顔って、“堺さんの眼鏡”になった俺の、はじめての景色なんだ……。

「ったく……いいか、堺さんのオフは俺のもんだからな。お前には、絶対渡さねえんだからな!」
 びしりと言ってやって、俺はやっとふうと息をついた。
 ガタン、と風呂場の扉が開いて、やっと堺さんがお風呂から出てくる。風呂上りの堺さんだ!
 タオルでガシガシ頭を拭いて、寝巻き代わりのジャージを着て、俺を顔に乗っけて、堺さんはリビングに向かう。そこでソファに深く腰を下ろして、フウーって息を吐きながら俺をテーブルの上に乗っけて、ドライヤーをかける。
 濡れてぺったりした頭の堺さんもやっぱりかっこ良くて、俺はいつもそれをキュンてしながら見つめる。水も滴る良い男って、本当なんだ。
「ねえ堺さん、俺、堺さんの眼鏡になれて、本当に良かったッス!」
「あ? 何言ってるか聞こえねーよ」
 堺さんは時々嘘を吐くけど、俺はそんなの全然気にならない。だって、堺さんの少し赤らんでる頬は多分風呂のせいじゃなくて、ぷいと目を反らした横顔も、俺は大好きだから……。

 髪の毛を乾かしたらベッドに寝そべって、それからは堺さんが俺のために本を読んでくれる時間だ。俺はこの時間が大好きで、堺さんが俺のための本を持ってベッド脇のランプをつけると嬉しすぎてついはしゃいでしまい、たまに叱られる。
 もちろん、堺さんが俺のために何かしてくれるのが嬉しいっていうのもある。でも本当に嬉しいのは、堺さんが俺のために本を読んでくれる日は、次の日がオフだってこと。堺さんはオフの日、1日中俺を掛けていてくれる。朝から晩までずっと一緒だ。
「ねえ堺さん、この主人公は、どうして泣いちゃったんスか?」
「ん? ……あー、そうだなァ。寂しかったから、じゃね?」
「寂しい……。女の子がずっとそばにいてくれるのに?」
「ただ一緒にいるだけじゃ、満たされねえもんもあるのさ。人によるけどな」
 堺さんが読んでくれる本は時々難しくて、でも、俺が聞けば堺さんはこれはこういう意味なんだとか、このキャラクターが本当に言いたいのはこういうことなんだとか、丁寧に教えてくれる。
作品名:そのレンズは曇らない 作家名:ちよ子