しょーとしょーと 5作
そのたった一瞬だけでも
肩を並べて歩いていた人が急に立ち止まるので、ウソップも足を止めた。二歩半の距離の先、青い瞳は右を真っ直ぐに向いている。
なにがあるのかとか、誰かいたのかとか。そんな疑問が浮かぶことなく結論は生まれ、嗚呼、と小さな落胆の溜息を漏らす。
視線の先にはオレンジ色の髪が揺れている。彼女の面影と似た雰囲気を持つ女性がいる。
幾度となく実感してきた諦めの感情が、またここでもウソップの心を縛り付けた。
分かってはいるのだ、ずっと前から。己の気持ちは成就することなく、いつかは甘酸っぱい思い出だけを残して消えゆく運命だということは。
けれど人の感情やら思いというものは、時に自身でもコントロール出来ないまま動くもので。ウソップは切ない恋心を捨てきれず、曖昧なまま持て余していた。
――振り向いてもらえる可能性など、微塵もないというのに。
どうしても諦め、捨て去ることが出来ないのだ。
そもそも対象にすらなりえないというのに、なぜ自分はこんなにもこの人が好きで愛しくて堪らないのだろうか。ウソップは考えた。
なにしろ、相手も男ならば自分も男。本来ならば意識すら向かないはずである。なのに己は恋をした。
このドがつくほど女尊主義の金髪ぐる眉美形コックに、心をときめかせてしまった。
もしかしたら、環境が原因だったのかもしれない。狭い船の上。限られた生きる世界。一番居やすい場所は、誰もが出入りするラウンジ兼キッチンで。必然的に、コックが一番近い存在になった。加えて、性格の相性が良かったこともあるのだろう。
コックが笑う度、嬉しくなった。コックが悲しむ度、切なくなった。コックの笑顔が見たくて、たくさんの物語を語った。コックの気を引きたくて、たくさんのことを考えた。
――そうだ。理屈じゃない。気付いた時には既に惹かれていたのだ。風に流れる金髪に、海よりも深い青の瞳に、長く美しい指と手に、なによりも彼自身に。
細めた優しい目が、日の下で微笑む輝かしい彼女を映す。
ウソップは静かに瞼を下ろすと踵を返し、止めた足を再び動かした。背中に感じる彼の気配は変わらず動かない。気付いて欲しいとも、呼び止めて欲しいとも思わないけれど。せめて再び出会った時、なぜ一人で行ったのかと詰って欲しいと思った。
そのたった一瞬だけでもいいから、己のことだけを考えてくれればいいと心から願った。
作品名:しょーとしょーと 5作 作家名:oruba