しょーとしょーと 5作
君不足
唐突に背後から抱き締めて首筋に顔を埋めたら、鶏のような叫び声が上がった。
なにするんだっ、と涙目で訴える頬に口付け、また顔を下げる。太陽と海と絵の具と木材の香りがする。嗅ぎ慣れた匂いに、ほっとした。
「なァ、オイってば。俺これじゃ動けねェんだけど?」
「そうだな、良かったな」
「いや、なんにもよくねェよ?サンジ、さっきの俺の話ちゃんと聞いてただろーが」
「そうだな、俺の抱き枕になりたいっつってたな」
「言ってねェよ!なに勝手に改竄してくれちゃってんだコラ!俺はこれから新しい発明をだなァ!」
「ウソップ、煩い。ちゅーするぞ」
「気が済むまで抱き締めててください」
少しの間を置いて、いくつもの足音が近づいてくる。何事かとダイニングへ顔を覗かせた仲間たちに、またサンジくんのホームシックが始まったみてェだ、とウソップの声が呆れながら説明した。
いつものことだから、もう見ずとも容易に想像が出来た。そして仲間たちは一度だって顔を上げようとしない己とウソップを見比べ、なんだまたか人騒がせな、と呟いて去っていくのだ。
今日も同じ光景が繰り返されて、ダイニングは再び2人きりの世界に戻る。
ようやくサンジは顔を上げると、ウソップの体を軽々と持ち上げて壁際に立たせた。自分の背を壁へ預けて床に座り込み、柔らかい微笑みで手を伸ばす。
こうすると、ウソップが絶対に断れないことをサンジは知っていた。眩しいぐらいに真っ直ぐな心を持つウソップは、寄せられた好意をそう易々と無下に出来ないのだ。
予想通り、ウソップは悔しそうな表情でサンジの手をとった。僅かに頬が赤いのは、きっと照れも雑じっているからだろう。
日々の道具いじりで傷付いた手の平へ唇を落とし、己の懐へと優しく導く。サンジの両足の間に腰を落としたウソップは恨めしげに振り仰いだ。
「俺、別にサンジ専用のぬいぐるみじゃねェんだが」
「そうだな」
「なんだよ、その余裕な笑顔。腹立つなァ、ちくしょう」
「勝手になっちまうんだ。仕方ねェだろ」
ちゅ、と音を立ててキスをすれば、ふいっと長い鼻が素知らぬ方向を向いてしまった。耳がほんのりと赤い。それを微笑ましく眺めながら抱き締めてやれば、なんの抵抗なく腕の中へおさまってくれた。
もたれ掛かってくる癖毛に顔を埋める。腹のあたりで手を組むと、ウソップの手が重なった。指を甲を撫でられ、応えるように耳のつけ根と首筋に唇を宛がう。するとウソップがくすぐったそうに笑った。
「サンジ」
「ん?」
「気持ちは落ち着いたか?」
「……そうだな、まぁ少しは」
「足りねェのか?」
「ああ、全然」
肩に頬を乗せると、またウソップの匂いがした。
温かくて、優しくて、真っ直ぐな彼そのものの香り。安心を与えてくれる、目には見えない穏やかな旋律がひどく心地いい。
瞼を伏せて少しだけ体重を預けると、思いやり溢れる手が髪をゆるく撫でてくれた。
ああ、なんて愛しいんだろう。
ウソップの呼吸と少し遠くから聞こえる騒がしい足音を子守唄に、サンジは僅かばかり眠りに落ちることにした。
作品名:しょーとしょーと 5作 作家名:oruba