しょーとしょーと 5作
また逢える
この別れを、どうか悲しまないで欲しい。
息も絶え絶えに呟くと、はじめてヤツの顔が歪んだ。綺麗な顔が、整った眉が、くしゃくしゃになって見る影もなくなっていく。
離すまいと握られた手が軋む。撫でられた頬が妙に熱い。腕の布越しに感じた水滴は、はたして滴る雨漏りなのか、ヤツの瞳から零れ落ちるものなのか、もはや俺に確認する術などなかった。動かない体と、遂に出なくなった声。重い瞼と魅惑の眠気が指し示すものは、ひとつしかない。
馬鹿だな、と俺は口端を上げて笑ってやった。言葉の代わりに出た吐息に、ヤツが反応して顔を上げる。
「……こんな時に、なに笑ってやがる」
恨めしげな言葉に反して、ヤツの表情は優しかった。頬を伝う涙をそのままに、額に目尻に頬に鼻に唇に口付け、眉を顰めながらも口に弧を描く。
俺はヤツの手に顔を寄せることで応えてみせた。白くて長い指が綺麗な手。この手と触れ合うのが何よりも好きだった。今までこの手に何度撫でてもらったか、元気付けてもらったか知れない。
擦り寄る俺に、ヤツはくすぐったいとまた泣き笑いを浮かべた。それでもぽろぽろと、大粒の涙を流し続けるのだから仕方のないやつだ。
本当に、馬鹿なヤツ。
一体この別れのなにを悲しむことがある。
確かにこれは、俺とお前の今生の別れなのかもしれない。
けれど俺には確信があった。
大丈夫。
きっとまた、俺たちはまた、どこかで逢える。
それは死後の世界とかいうところかもしれないし、来世というやつかもしれないし、どちらも違うかもしれない。保証もなければ確証もない。だけど、俺には胸の内から湧き上がる確かな自信があった。
大丈夫。また逢える。
きっと姿も名前も性格も、今のものとは違うだろうけれど。俺はお前を、お前は俺を、少しだって覚えちゃいないだろうけれど。俺を俺に出来るのは、お前だけだから。お前をお前に出来るのは、俺だけだから。俺とお前はいつだって何度だって世界を変えて巡り会うんだ。
だから、大丈夫。
声にならない呟きで愛してると告げる。聞こえない言葉は、それでもしっかりヤツの胸には響いて、俺も、と短い返事を届けてくれた。
最後の瞬間のことは、よく覚えていない。この出来事を最後に俺の記憶は途切れたから。
その瞬間、「あ、夢と同じだ」と思ったのだ。
作品名:しょーとしょーと 5作 作家名:oruba