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百害と一利を天秤にかけ

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3. 傍らのビューティフル・ドリーマー




 編み物というのはひたすら無心で手を動かすことが楽しいものなので、私なんか毛糸がなくなるまで気づかず編み通しちゃったりするんだけど、あいつの編み方は私のそれとは全然違っていた。
 あいつが傍らに置いたのは色とりどりの毛糸。まとまった毛糸の束から余り物みたいに小さな毛糸玉までよりどりみどり。そしてあいつが正面に広げたのは、一枚の絵画。のコピーか何か。
 遠巻きに眺める私の視線を気にすることなく、あいつは細いかぎ針を手に取り、編み始める。絵画に描かれた空と雲と山と湖を。
「………………」
 最初は、正直、呆れた。
 その絵画はどちらかというとかなり写実的なやつだった。……うん、だから、そんなシャープな雰囲気をふわっふわした毛糸で再現できてたまるか。どんだけやる気に満ち満ちた新入生だ。いくら先輩ってったって私そんなん指導できないっての。いっそ美術部に行け。
 と、声に出しかけてから気付いたことがある。その後輩の横顔には熱意がなかったのである。短くて色素の薄い髪は表情を隠さない。それなのに感情が見えてこない。クールぶってるのかやる気がないだけなのか。その二択で考えるのなら、限りなく後者に近い、と感じられる目つき。
 それだけの課題を自らに課しておきながらやる気がないとはどういうことだ。
「ねえ」
 迷ったけれどやっぱり気になって声をかけてしまった。後輩は顔を上げる。作業を中断されたことに腹を立てるでもなく突然現れた私を訝しむでもなく、彼はただ、手元から私へ視線を移した。
「名前は?」
 いや、つっこみどころを自分で増やしてどうするとか自分でも思うけどでもとりあえずここからでしょ?
「六舛孝二」
 私はこいつに興味を持ってしまったのだから。


 といった感じの去年の出来事を理由もなく思い返してみたりして。嘘、理由ならあった。
「先輩」
 あの時とさほど変わらない表情の薄さで六舛が私を呼んだからだった。
「こんなところで何やってるんですか」
 早坂双子と別れて寄宿舎に向かう途中、部活の後輩に遭遇した。夕空を背景に立つ彼はなにやら大小様々な荷物を抱えていた。ああ、これが、あの時の毛糸を連想させたのかもしれない。
「六舛のほうこそこんなところでそんな大荷物でなにを……っていうか」
 それなに、と聞こうとして思い出した。「文化祭か」と私が納得するのと「文化祭ですよ」と彼の眼が不満を訴えたのがほぼ同時で。
「針原先輩」
 もう一度改めて六舛が私に問う。
「文化祭の準備を後輩に押し付けて、先輩は今までどこで何してたんですか」
「押し付けてとか言うけどね、キミ、私はもう3年なんだから引退したようなもんでしょー」
 まあ部活には今でもちょくちょく顔出してるし去年は一応部長やってたし手芸部は部員が少ないから文化祭は毎年3年生も手伝ってるし引退とか言ってもそれで今現在受験勉強に精を出してるわけでもないしそんな諸々をこいつがわかっていないはずがないから本当に意味のない言い訳だった。
「ようしわかった。ごめん! 明日は手伝う!」
「手伝えなんて一言も言ってないですよ、俺。どこで何してたのかって訊いてるんです」
 言いながら六舛は私に荷物を差し出してくる。丸められた模造紙が飛び出すビニル袋。私は模造紙だけを抜き取った。
「なんでそういう嫌味な言い方しかできないの。かわいくない後輩だねー」
「嫌味なんて言ってないですよ」
 ポスターに使う画用紙やマジック、リボン、あとは布類。こいつ裁縫もできるのかな。いろいろを抱えたまま六舛が歩き出す。私は仕方なくあとに続いて学校へ向かう。
「先輩がまた一人で裏山に行ってたんじゃないかって心配してるだけです」
 心配してるとか、そんなことは微塵も匂わせない顔と声音でいったい何を。
「つーか、私あんたにその話してたっけ」
「さあ」
「…………」
 まあこいつに何を知られてようと今更驚くには値しない、か。
 六舛孝二。読唇術やら何やら得体の知れないスキルを保有する謎多き後輩である。
「裏山に行くっていうのが先輩にとってどういう意味を持つ行為なのかはわかりませんけど、やめたほうがいいですよ」
「ハイハイ、オバケがでるって話?」
「ああ、知ってたんですか。俺の友人、裏のオバケ工場で化け物に殺されたらしいですよ」
「はぁ?」
「夢の中で」
「あっそう」
 がくりと肩を落としてついでに模造紙を落としかけた。
 買ってきたものを準備室に運びこんだら今日の活動は終了とのことなので、昇降口は通らず、手近な入口で靴を脱いで校舎に入った。夕方が長い気がする。夏に向かっているんだなぁ。それでも靴下で踏みしめる廊下は冷たいが。
 文化祭前なので文化部の集中するこの辺りはまだまだ騒がしい。喧騒の間を進む。肩に担ぎ直した模造紙で前を行く後輩の頭を叩いた。
「なんですか」
「文化祭でさ、またアレ展示したら?」
「何ですか」
「去年の絵」
「使い回しじゃないですか」
「えー、いいじゃん。力作なんだから」
 階段を登りかけた六舛が振り向いた。また嫌味のひとつでも飛んでくるかと思いきや、彼の口は開かない。訝しみつつも私は言葉を続ける。
「私、あんたの作るもの好きなんだよね。だから、また飾ってほしいなーなんて」
 後輩の表情は逆行でよく見えない。何も言わないのが気になって歩み寄る。自然な動作で避けられる。すたすたと、奴は階段を上ってゆく。私はめげずに追いかける。
「ろーくーまーすー。なに? 照れてるの?」
「先輩はなんか展示できるような作品あるんですか」
 私の追求をガン無視して六舛は家庭科準備室のドアに手をかける。
「それがないからこその提案であったりもする」
 とはいえそもそも手芸部の文化祭での主な活動は展示ではないわけだから私が作品を出さないからと言ってこいつが私を叱る必要は全然ないので私は安心して後輩に続いて準備室の中へ這入っていった。
「ていうかあんたもさ、最近はああいう大作作ってないじゃん」
「そうですね」
 どさどさと荷物を降ろす後輩。私も手近な机に模造紙を横たえた。任務完了。
「六舛くんは最近は部活サボって友達と遊んでばかりだものね〜」
「先輩に言われたくないですけど」
「あ、そうだ」
 大事なことを思い出した。
「武藤カズキって、六舛の友達だったよね?」
「それがなにか」
「会いたいって言ったら会わせてくれる?」
「先輩がカズキに?」
 思い切り怪訝そうな顔で六舛が私を見る。ああ、うん、たしかにちょっと唐突過ぎたかも。口元に手を当てて考え込む後輩。これはしくじったか。「あんたの友達に用があるんだけど」「そうですかわかりました」「じゃあそのうちよろしくー」くらいの軽い約束を取り付けるだけ取り付けておきたかっただけなのに。
 夕日の差し込むこの狭い空間で二人きりで、もう少しの間過ごすことになりそうだ。
「少し確認させてください」
「はい」
「カズキに用事があるんですか」
「うん」
「津村斗貴子に、ではなく?」
 ツムラトキコ?――ああ思い出した、最近突然現れた編入生だ。でもなんで今その子の名前が?
「……違うよ」
作品名:百害と一利を天秤にかけ 作家名:綵花