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百害と一利を天秤にかけ

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 とはいえ、六舛がやけに真面目な顔つきをしているものだから、質問に質問で返すのはなんだか躊躇われた。
「私は転入生の津村さんとは何の面識もありゃしません。目立つ外見だからたまたま覚えていたけど、向こうは私のことなんか知らないよ」
「先輩のそれはたまたまとは言いません。『人の顔と名前に関する記憶力が無駄に優れているから覚えていた』とでも言うべきです」
「無駄に棘のある言い方をするなまた……」
「それに、先輩はカズキとだって面識がないから俺に声をかけたんですよね。まったく言い訳になっていません」
「…………」
 それは、確かに。
「そこはとりあえず追求しません。『先輩は斗貴子氏の関係者ではない』とすれば、次の質問は――」
 眼鏡の向こうの視線がふわりと宙を舞う。まるで見計らったように私は声をあげる。
「あのさあ六舛」
 す、と再び引き寄る視線。そこから何も読みとれなかったのは去年までの話だ。
「こういう腹の探り合いで私があんたに勝てるわけないんだから、率直に言うよ。武藤カズキくんには、あんたが心配するような『何か』があるんだね?」
 答えはイエスだった。思いの外明確に、六舛の表情が変わった。そのくせ奴の口から出たのは正反対の言葉だった。
「違う」
「違うって……そうは言うけどあんたね、」
「違います。俺は、あいつを心配しているわけじゃない。あいつは助けが必要だったらそう言います。あいつが何も言わないんだから、俺たちは何も心配する必要がないんです」
「ばーか」
 思わず口をついて出た。
「信頼することと心配することは、両立できることだろうが」
 全く、こいつらしいというか、らしくないというか。
「男の友情とかそういうアレなのかもしれないけど、そんなとこで格好つけなくていいんだよ、バーカ。心配なら心配だってちゃんと伝えなさい」
 虚を突かれたように黙った六舛がそれでも素早く冷静さを取り戻していくところを私はただ眺めていた。
 こいつが感情的なところを見せるのは珍しくて、不安に思う自分とそれを意外に思う自分が同じ場所から眺めていた。
「……ついさっき俺に勝てるわけないとか言った人の態度とは思えませんね……」
「実際勝てる自信ないし」
 だからこそ直球という名の奇襲をしかけてみたわけだし。
「よく言う」
 怒られるか、呆れられるか、嫌われるか、と色々危惧していたけど六舛は――
「敵わないのは俺のほうだ」
 ――微かに笑ったように見えた。暗くなってきたから、見間違いかもしれないけど。
 奴は私に確認する隙も与えず、さっさと撤退の準備にはいる。
「帰りましょう、先輩」
「……そだね」
 私は素直に頷いて、準備室から外へ出た。祭りの前の喧騒は遠くけれど確かに未だ残っている。
「カズキに声かけておきます」
「なんか懸念があるんなら、私は別に会えなくてもいいよ」
「大丈夫です。あいつにも断る理由はないだろうし」
 それにしても、なんだかな。こいつは私が武藤くんに会おうとする理由に踏み入ってこないし、私もこいつが何を心配してるのか追求してないし、ふわっふわした会話だったな。
 目隠しで上辺だけをざらざらとなぞってお互いにわかったようなつもりになっているみたいな。干渉したくないのとされたくないのとどっちなんだろうな。
 でも私の側には得るものがあった。武藤カズキくんがあの蝶々マスクとなんらかの関係があるのだとすれば、武藤くんがそれを友人に話せずにいる状況は納得できる。私だってアレとのなんやかんやを六舛に話そうとは思わない。なんだかんだ言って私はこのクソ生意気な後輩をかわいく思っているので、危険に巻き込みたくはない。まあ、もし万が一こいつがアレと対峙することがあるとしたらこいつはいったいどんな反応をするだろうかと考えるのはちょっとだけ楽しいけれども。
 などといったことをぐだぐだと考えながら階段を下りていく途中で、先を行く後輩の背中が唐突に言葉を発した。
「カズキは少年漫画の主人公なんです」
 うん? メタ発言?
「違います。要するに、困ってる人を放っておけない性質なんです」
「オイ、さらっと人の思考を読むな」
「だからもし先輩が何かに困っているのなら、カズキは力になってくれると思います」
 シカトを決め込んだまま六舛は淡々と続ける。
「あいつは今、そんなふうに正義の味方をやってるんです、多分」
「ふうん。よくわかんないけど、そんなのが友達だったらそりゃあ心配にもなるわな。納得」
 階段を降り切って、喧騒はぐっと近づいて、私たちは二人きりじゃなくなった。タイムリミットだ、と思った私は六舛に声をかける。
「なんで踏み込んでこないの?」
 逃げ切れたのに勝った気がしない。わからない。私が六舛に干渉する理由がないとしても、六舛が私に干渉する理由は充分にあるはずなんじゃないのだろうか。
 雑踏。廊下の冷たさを靴下で踏みしめる。振り向きもせず立ち止まりもせず歩く速度も変わらないまま後輩は返答を寄越す。
「あんたはどうせ俺に本当のことを話すつもりなんかないだろう」
 どきりとして立ち止まった。六舛は立ち止まらなかった。

 後ろ姿から感情を読み取るにはまだまだ修行が必要、というわけか。
 ああ、本当に、クソ生意気で可愛い後輩だ。

作品名:百害と一利を天秤にかけ 作家名:綵花