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百害と一利を天秤にかけ

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4. ウォーゲーム・スタンバイレディ





 その場所には、異形の気配が少なかった。

 淀んだ空気と薄暗さに囲まれて彼女は彼女の弟と並んで座っている。調度品と比較すると、目の前の男の身なりはやけに整っていた。
「――――信奉者と呼ばれる者たちの目的は自身をホムンクルスと化すことであるが、多くの者にとってそれ自体は本質的な目的ではない」
 たったふたりの聴衆を相手に男は朗々と演説をぶつ。大仰な仕草、薄い笑いが貼りつく頬、等間隔に響く硬質な足音。
 なんとなく、ピエロのような不気味さがあると、早坂桜花はそんなことを考えた。
「化け物に魂を売ることで我々が得るのは、力――腕力、暴力、いや武力と言ってもいい――その超常的な力を求める者もいるだろう……そして、性質――人間を喰らうこと――食人への興味、或は人への憎悪を『食す』行為によって克服し、人を超えようとする発想に至る者もある……しかし、何より魅力的なのは」
 カツン、と靴音が、一際高く響いて止まる。
「不老不死」
 その言葉を口にしながら、男は姉と弟の目をじっと見据える。二人は視線を受け止めるだけ受け止めて、応えない。
「人類が永らく追い求めてきた夢は既に我々の手の届くところにある」
 靴音がまた響きだす。男がすうと伸ばした手は空を掴む。
「しかし、しかしだ、君たち。ホムンクルスの性質は、非常に厄介だ。不老不死を維持するのには莫大なコストがかかる。なにせ人間を食料としなければならないのだからね!」
 そんなことは百も承知だと口を挟もうとする弟の気配を、彼女は穏やかに押しとどめる。
「一昔前ならば神隠しという言葉で済まされもしたろうがこの現代社会においてはそうもいかない。人を喰らえば罰せられるだろう。その理から逃れるために必要な労力を思うと気が遠くなる…………嗚呼、君たち、君たちは若いから、考えたこともなかったろう。願いを叶えればそこでハッピーエンドだと思っていただろう。目的のための手段に飛びつくことで精一杯であったろう。いいや、咎めはしない。君たちはよくやった。よくぞそこまで辿りついた。君たちの欲するものはもうすぐ目の前だ!」
「何が言いたい」
 彼女の弟――早坂秋水の声が割り込んだ。桜花は困ったような笑みで諦めた。
 男はここぞとばかりに秋水に歩み寄り、大きく嗤った。
「我々はもっと上手く生き延びる方法を見つけたのだよ」
「ホムンクルスになること以外の、不老不死の方法があるとでも?」
「錬金術――」
 男は姉弟に背を向けて大きく腕を広げた。
「錬金術が生み出したモノはホムンクルスだけではない。それは君たちも知っているだろう?」
 桜花はポケットの中のそれの存在を強く意識した。
「核鉄……武装錬金?」
 彼女たちを取り巻く空気がざわめいた。男は横顔で笑う。それはかつて姉弟が初めて出会った人外を、月の姿と名を持つホムンクルスを彷彿とさせる、そんな横顔だった。

作品名:百害と一利を天秤にかけ 作家名:綵花