ありえねぇ!! 2話目
疑問は多々あるが、さっきまで夕飯は抜こうと思っていた癖に、実はお腹は随分と減っていたようで、幽は途切れることなく黙々と箸を進めた。
そして五分後、バスタオルに包まれた独尊丸を、抱き上げたミカドが戻ってきた。
「ねぇミカド。これ何てスープ? どうやって作ったの?」
幽霊は、こくりと首をかしげた後、猫を床に置いてわたわたと慌てている。
メモ用紙とペンを渡してやると、いそいそと細かい文字を書き出した。
《ヴィシソワースです。せめて生クリームがあればよかったんですが、インスタントのマッシュポテトとコンソメ、それと牛乳だけで作ったので、コクがあんまり無いでしょう? 不味かったら残してください》
「いや、普通に美味しいよ。文句言ったらバチがあたる。第一俺が作れるのはお湯で溶かすだけのカップスープぐらいだし」
ヴィシソワースは、確かフランス料理定番の、冷たいジャガイモのスープだ。
平和島家は普通に日本的庶民なので、食卓に上がる事ないし馴染みがないのも当然だ。
「ミカドは料理好きなの?」
首をこくりと縦に動かす。
《母が居なかったので、自然に覚えました。で、人に食べてもらうのが好きです。幸せな気持ちになれるから》
「ふーん」
さっきから甘い匂いを撒き散らしていたオーブンレンジが、軽快な音を立て、焼き上がりを知らせる。
駆け寄ったミカドがいそいそと取り出したのは、大きなグラタン皿に敷き詰められた、カスタードのプディングだった。
細かくした食パンでカサ増しし、表面に砂糖をまぶしてこんがり焼き上げてあり、焼け焦げたカラメルとカスタードの香ばしい匂いに、甘いもの好きな独尊丸が、ミカドの足元に駆け寄った。
だが、生身の体では、やはり素通りしてしまう。
《駄目だよ猫ちゃん。おやつは、これを食べてから》
独尊丸の目の前に、メモ用紙と餌皿をつきつける。
ご飯の上に鰹節とシーチキン缶をかけた、【猫まんま】まで、準備していてくれたらしい。
けれど独尊丸は菓子好きで、兄の静雄と同じように、特にプリンが大好物だった。
早く欲しいとせがむ仔猫に、ミカドは伸ばせるいっぱいいっぱいまで腕を頭上にあげ、対抗している。
どうやらお化けは、オーブンの熱さにもビクともしないらしい。
自分の無表情と、似た共通点が見つかって、ちょっと嬉しかった。
《幽さん、お味どうですか? スープもまだありますよ?》
「うん、貰う」
自分にスープのお代わりと仔猫にご飯を与えた後、ミカドは埃を被っていたサイフォン式のコーヒーメーカーと、豆、それを轢くミルを発見し、嬉々として食後のデザートの準備を始める。
そんなつもりで連れてきた訳ではないのに、家政夫としても優秀なのかもしれない。
(……ホント、いい拾い物をしたよ……)
ちなみに平和島兄弟は、兄も弟も、家事全般が壊滅的に苦手だった。
★☆★☆★
一方、黒バイクで風のように家に戻った首なしライダーは、部屋に飛び込むなり新羅の襟首を絞めつつ、がくがくに揺さぶった。
「何何何!! い、いきなり一体どうしたのセルティ!?」
『帝人はデュラハンだったのか? それとも首だけの生霊って流行しているのか? 私は触ると伝染するのか? もしかして私と関わったから、帝人は首だけになったのか!? 記憶を失ったのか? そうなのかそうなのか!! どうしよう? 帝人が帝人がぁぁぁぁぁぁぁ……生首になったぁぁぁぁぁ』
「落ち着いてセルティ、苦しい……!! ギブギブギブ!!」
がくがくに揺さぶられた闇医者の意識は、ブラックアウト寸前だ。
だが、愛の力とは偉大である。
新羅は白目を剥きつつ、頑張って恋人の影が打ち込むPDAの文字を追った。
「……つまり、帝人君の幽霊は、現在首だけしかなく、しかも記憶を失っていると?……」
『そうだ。目覚めたら記憶をすっぱり忘れていたなんて。しかも首から下の体が無いなんて、私とは真逆のパターンだ。一体帝人に何があったんだ?』
だから、何も思い出せないと号泣する帝人の首を目の前にして、セルティは驚きすぎて腰が抜け、へなへなと地面に崩れ落ちてしまったのだ。
自分がかつて受けたショックと同じ目に、嫌、自分にはまだ自由に動かせる手足があったけれど、彼の場合は首だけなんて、酷すぎる。
静雄は腕っ節と勘は鋭いが、奇怪な現象に理論付けするのは無理だ。
相談に向かないと判断した彼女は、帝人の首を静雄に預け、速攻で頼れる恋人の元へと戻ったのだ。
『なあ新羅には原因が判るか? 一体帝人に何が起こっている。彼の記憶は? 残りの体は?』
「まだ多くは謎だけど、少なくとも一つだけ、私は有力な推論を君に提示する事はできるよ」
『何だ?』
「私達は知っている筈だよ。魂をすっぱりと切り離せる妖刀の存在をね」
『罪歌の事か?』
「そう、君の首を切り離した、あの刀さ」
【罪歌】
つい先日まで、池袋を震撼させた、【切り裂き魔事件】を鎮めた【母】なる妖刀だ。
偽者の罪歌……いわゆる【罪歌の子供】に支配された贄川春奈が、平和島静雄の化け物じみた力を欲し、彼を切り、優秀な子供にして支配しようと画策したあの事件は、結局大量の【罪歌の孫】を作り出した。
本物の【罪歌】を体内に宿していた園原杏里は、己の持つ妖刀で、贄川春奈が所持する【罪歌の子供】を支配する事で、全ての【罪歌の孫】も支配下に置き、争いを力づくで収束させたのだ。
けれどその後、杏里は学校を辞め、ひっそりと誰にも別れを告げずに池袋から姿を消した。
帝人の首が罪歌の仕業だというなら、彼女が池袋に戻ってきた事になる。
『あの刀は確かに杏里ちゃんと同化していた。でも杏里ちゃんがどうして帝人に酷い事をするんだ? 大体、彼女が池袋に帰ってきているというのなら、何故私に連絡をくれない? 』
「セルティ、落ち着いて。妖刀が絡んでいるっていうのは、まだ私達の憶測だよ。それに杏里ちゃんは駆け落ちしたんでしょう?」
『ふざけるな!! 私はあんな男認めないぞ!! 杏里ちゃんが不幸になるに決まってる、那須島となんて絶対ありえない!!』
そもそもセルティは、臨也の依頼で、彼の事務所から金を持ち逃げした那須島を追いかけ、追い詰めた時に、初めて杏里と出会ったのだ。
いきなり首を刎ねられたが。
セルティでなかったら、きっと死んでいただろう。
愛している男の為なら殺人までできる、杏里は静かでおとなしいが、そういう激しい面があった。
でも。
どうしても。
納得がいかないのだ。納得したくない。
彼女が、あんな屑のような男を選び、自分達の前から姿を消すなんて!!
粟楠会から借りた金を踏み倒して逃げた那須島は、組が代紋にかけて後を追っている。
極道の世界は、面子が命。単なる一教師に馬鹿にされたとあっては、周囲の笑いものになる。
粟楠会は関東に勢力を伸ばし、また他の組みとも繋がりが深いヤクザだ。其処に睨まれたのなら、余程人の住まない辺鄙な田舎に引きこもるか、外国に逃れるしか手立ては無い。
無事でいて欲しい。
だって、彼女はセルティの可愛い妹分だった。
作品名:ありえねぇ!! 2話目 作家名:みかる