ありえねぇ!! 2話目
彼女が帝人と正臣と、楽しそうに三人で笑っている姿が、本当に好きだったから。
「兎に角、帝人君の件は、静雄君の結果連絡待ちだね。無事にあの首が体内に入れて、目が覚めるといいんだけど」
『新羅、本当にうまくいくのか? 』
「私の予想だけれど、残念ながら今の段階では、望みは薄いと思う。せめて首から下の体か、記憶があれば、結果は違うと思うけれど」
『今後どうするんだ?』
「勿論調べるよ。君は帝人君が弟のように可愛いんだろう? 私は君が愛しいから、君の望みは全て叶えたい。全力で帝人君を助けるよ」
『ありがとう、新羅』
セルティは嬉しげに抱きついた。
★☆★☆★
「うわっ、静ちゃんってば最低。無菌室に勝手に入り込んで何してんの? ほんと空気読めないどころか常識無いよね。帝人君が静ちゃんに変な病原菌うつされて、感染症で死んだらさ、俺マジ泣きできる自信あるよ」
病院側にとっても、【竜ヶ峰帝人】の体にとっても、二人の邂逅は不幸な出来事だっただろう。
「い~ざ~やぁぁぁぁぁ、てめぇ、一体こんな所で何してやがる!!」
ガラス越しにかちっと臨也と目が合った瞬間、静雄は帝人の体が眠っているベットの横にあった一番大きな機械を持ち上げ、彼めがけて叩きつけていた。
「何するんだ、馬鹿野郎!!」
紀田が激怒するのは当然だが、彼の怒声は粉々に割れたガラス音にかき消されて静雄の耳に届かなかった。
片やナイフを抜き、片や手当たりしだいに物をぶつける、命をかけた鬼ごっこを始めてしまった馬鹿二人を、止める事ができるセルティがこの場に居ないのもまた不運だった。
どんどん投げられ壊れていく病院の高価な検査器具。
流石に帝人の体が横たわるベッドだけは、投げつける事はなかったが、臨也が命からがら逃げていき、静雄の怒りの嵐が過ぎて、ようやく恐る恐る警備員と看護婦達が総動員で駆けつけてきた頃、彼らの目の前に広がるのは、木っ端微塵となった集中治療室だった。
【池袋最強】【自動喧嘩人形】
その悪名高き破壊力の凄まじさを、直で見せ付けられた病院関係者達は堪らなかっただろう。
静雄に弁済を迫り、逆に難癖つけられるのを恐れた病院側の配慮か、今回の事は【機械横転事故】と処理された。おかげで涙を呑むのは契約している損害保険会社だけで、静雄に対するお咎めと賠償は一切無かった。
帝人も別の集中治療室に納められ、今は献身的な治療を施されている。
だが、そのガラス一枚隔てた廊下では、現在紀田正臣がいて、静雄と同じ待合用の長椅子に腰を降ろしつつ、ガラスの破片でぐしゃぐしゃになり、とても食べられなさそうな果物の籠盛を、怒り狂ってゲシゲシと足で蹴っている。
「あんた、帝人の見舞いに来たんですよね? 帝人を殺しに来た訳じゃなく」
「……ああ……」
静雄は、ばつが悪そうに頷いた。
「すまん。ノミ蟲の挑発にぶち切れちまった」
「あんた達って、餌と同時にベルを鳴らし続けりゃ、その内餌抜きでもよだれをダラダラ流す【パブロフの犬】か。いい大人なんだから、時と場所を弁えろ、この馬鹿が」
八歳も年下の少年に詰られ、イラッとくるが、今回は明らかに静雄達が悪い。
心の底から済まないと思ったからこそ、ぐぐっと拳を握り締めて耐えた。
トムの言いつけどおり、今日は人間サンドバックになる覚悟できたのだ。
相手は臨也ではない。絶対我慢できる筈。
《でも、とってもかっこ良かったです♪ 静雄さんって凄い♪ 強い♪ 最高♪ こんな素敵な人、初めてです♪♪♪》
目をきらきらさせ、ハートマークを浮かべ、凄い凄いと繰り返しちょこちょこ飛び跳ね、全身で感動を表している暢気な首がいる。
見た瞬間、強張っていた体から、みるみる内に力が抜けてくる。
(……おいおい、竜ヶ峰ぇ……)
自分の本体が破損するかもしれなかったというのに、この暢気さとほのぼのは何なんだろう?
窘めたいが、横には紀田正臣がいる。
実は今まで記憶を無くしている首に、臨也との喧嘩を見せた事を後悔していたのだ。
あれだけ病院の外で泣きじゃくっていたのだから、怖がらせて、また涙を零させてしまったらどうしよう? とびくびくしていたのに。
現実は真逆だった。
どういう感性をしているのか、一度とことん問い詰めたくなるが、やはり記憶を無くしても、帝人は帝人だ。
こういう素直な態度と純粋な称賛を、真っ直ぐに静雄に向けてくれるのが、本当に嬉しい。
「でも、折原臨也を追い返してくれた事だけには感謝しますよ。あいつは帝人に目をつけてて、やたらと接触してきてウザかったし」
正臣の言葉に、再び驚く。
静雄の膝の上に、丁度よじよじ必死になって上ってくる、彼の顔をまじまじと見てしまう。
《静雄さん? どうしたんですか?》
ぽてんと小首を傾げ、彼を見上げてくる帝人は、どこからどう見ても普通の少年だ。
こんな平凡を絵に描いたような真面目な高校生を、ノミ蟲が興味を示すのなら、何かに利用する気満々だったって訳で。
今自分に心当たりがあるとすれば【平和島静雄が気に入っているから】しかありえない。
イラッとくる。
あいつは高校時代からそうだった。
静雄がほんの少しでも興味を持ち、大切にしたいと思ったものを、見つけ次第、彼の目の前で、粉々に壊し続けてきた。
許せねえ。
「判った。あの蛆虫は、今度あったら俺がメラっと殺しておく。臨也の野郎、殺す殺す殺す殺す殺す……」
「是非、完全に息の根をとめてください。それじゃぁとっととお引取りを。お帰りはあっち。今日はどーもありがとっーざーました」
紀田は不機嫌に頬杖をついたまま、ぴらぴらと手を前後に振る。
まるで駄犬を追い払うような仕草は、とても年長者相手に行っていいものではなく、結構礼儀作法に煩い静雄にとって、許せるものではない。
だが、今日は人間サンドバックになると決めたのだ。
でも、それは竜ヶ峰の家族に対してだけでは無かったのだろうか?
「……お前、結構肝が据わってんな。【ブクロ】で、俺相手にそんな舐めた口利いて、無事で済むと思ってんのか?……」
「だから? 【池袋最強】だろうが【自動喧嘩人形】だろうが、あんたとうざやがたった今やった喧嘩のとばっちりで、俺の大事な大事な大事な親友は、また傷つけられる所だった。俺を殴りたかったら殴れよ。イラッときてんなら、ぶちのめせばいい。それで俺に二度と会いたくないって思ってくれりゃあ、あんたは二度と近寄らねぇだろ。万々歳じゃねーか。そうすりゃあんたは俺の帝人を、これ以上傷つける事は絶対に無い」
琥珀の瞳が、ぎらぎらと憎しみに輝いている。
こいつは本当に、竜ヶ峰の事が、心の底から大切なのだろう。
そう理解した途端、静雄の中からすんなりと怒りは消えた。
いつも帝人と一緒に居た少年は、静雄と彼が話している時も、遠巻きに心配そうに眺めるだけで、絶対に近寄ってくる事はなかった。
他の皆のように、極力関わらないようにしていた。
だから会話らしい会話をしたのは今日が初めてなのだが、彼は全く【平和島静雄】を恐れていない。
作品名:ありえねぇ!! 2話目 作家名:みかる