ありえねぇ!! 2話目
集中治療室を一つ、木っ端微塵にした暴れっぷりを、たった今見たばかりなのに。
静雄に阿ることも無く、気を使って愛想笑いもすることなく、本当に邪魔だと言わんばかりに【帰れ】などという、そんな肝の太い男は稀だ。
逆に興味が湧いた。
「なぁ、竜ヶ峰の親はどうした?」
周囲を見回しても、ここには紀田正臣しかいない。
16歳の少年が、意識不明の重体なのに、大人が誰も傍に居ないのは、明らかにおかしい。
「来る訳ないっす」
「お前、竜ヶ峰の何?」
「何であんたにそんな事しゃべらないといけないんすか?」
「嫌、気になって。間接的だったけど、ほら竜ヶ峰は俺と臨也の喧嘩見たさに事故に巻き込まれた訳だし。一応親に挨拶ぐらいはするもんだろ、普通。なのに、なんでお前が親のポジションなんだ?」
静雄にしては尤もな言い訳だ。
世間の常識通り、籠盛り持って挨拶に来た訳だし、理詰めで話せば、紀田もケンもホロロに追い返す訳にはいかなかったようだ。
「帝人、この春上京してから、ずっと俺と一緒に暮らしてましたから。ルームシェアって奴。それに元々あいつを東京に呼んだのも俺だし、俺は俺自身、帝人の保護者だと思ってます」
「同年代……、だよな?」
なのに何故保護者?
「あいつんち、結構な資産持ってる旧家なんですが、元々愛人だった女が、帝人の母親を追い出して後妻に納まり、帝人も目の仇にしてて。
高校進学を理由に、これまた帝人当人まで家から追い出しちまったって訳。
父親は10も年下の若妻が可愛くってしょうがないし、そいつの顔色を伺って、帝人に情をかけられない。
でもって、本当の母親も、元旦那にそっくりな帝人を嫌い抜いてる。
ってなわけで、帝人には親身になってくれる家族なんて居ない。
子供は親選べないってのに、ふざけんなっつー話です。以上」
明るく淡々と語るが、内容はヘビーだ。
紀田の顔も嫌悪に歪み、帝人の今の両親を心底侮蔑しているのが丸わかりだ。
「お前、嫌に竜ヶ峰の事詳しくないか?」
「あたりまえっす。俺、赤ん坊の時からの幼馴染で親友ですから。付き合いジャスト16年目だし」
段々と、敬語が増えてきた。
話しているうちに、彼もイライラしていた気持ちが落ち着いてきたのだろう。
静雄の膝にちょこんと乗っている竜ヶ峰も、無言で一生懸命紀田の話に耳を傾けている。
過去の記憶が一切ない彼にとって、紀田正臣は喉から手が出る程欲しい、過去の帝人を知り尽くしている男の筈。
ちょこちょこと首が、膝の上で飛び跳ねる。
《静雄さん静雄さん、もっと色々私の事を、聞いてください》
下から大きな目でじぃっと見上げ、催促する顔がチワワに見える。
だが、静雄は口下手だ。
事実、どうやってほぼ初対面に近い紀田から、竜ヶ峰の話を誘導していいか判らない。
口パクで『スマン』と一言告げると、竜ヶ峰の首はこくっと一つ頷いた。
《じゃ、せめて彼をしっかり見てきますね》
そしてぽむぽむと静雄の膝で少し飛び、トランポリンのように勢いをつけてから、えいやっと隣に座る紀田正臣めがけて飛びかか………りたかったのだろう。
悲しい事に、彼は本当にどんくさくて。
真横でなく、真後ろに誤って飛んでしまった彼は、廊下をドンピシャで疾走してきた救急用担架に轢かれ、弾き飛ばされてしまった。
丁度その時、ビビビビビビビと物凄い電子音が鳴り響く。
「竜ヶ峰ぇぇぇぇぇ!!」
びっくりして目を剥いて立ち上がると、ぽんと背中を叩かれた。
紀田だ。
「あ、それ俺も最初驚いたんですけど、心電図で呼吸の乱れを示すエラー音って、結構頻繁にしつこく鳴るんです。でもそれは大丈夫だから」
ガラスの向こう、……大掛かりな機械をちょいちょいと指差す彼の表情は、さっきとは雲泥の差で優しい。
静雄が本気で【竜ヶ峰帝人】の事を、案じていると認めてくれたのだろう。
静雄に、安心して座っていろというそぶりで、とんとんと長椅子のシートを叩かれ、一応大人しく座るが、生憎自分が心配したのは、幽霊になっている生首の方だ。
《ううううう、びっくりしたぁぁ》
肝心要の竜ヶ峰の首は、廊下の端まで転がっていき、仰向けのまま目を剥いて硬直していた。
人の生手はスルーするくせに、無機物はどれもこれも弾かれてしまうようだ。
大丈夫かと声を掛けたいが、紀田が横に居る為、やはりできなくて。
竜ヶ峰は暫くすると、またぽむぽむと小さく跳ねて助走をつけ、それから《えいっ》と勢い良く空中に浮かび上がった。
セルティがPDAで『帝人の首が、ふよふよ浮いていた』と書いていたが、本当に風船並みなスローテンポで、この何事にもスピードの速い東京では、あのドンくささは致命的だろう。
そう静雄が危惧した通り、彼の首は廊下を駆け抜けていった看護婦に、またもや弾き飛ばされ、今度は天井に顔面衝突する。
と同時にもの凄いブザー音が、廊下中に鳴り響いた。
「おいおいおい!!」
「大丈夫です。あれもちょっと不整脈を起こした時に鳴るだけの、大したことない警告音だし」
静雄の大声に、振り返った紀田が親切に解説してくれるが、どうでもいい。
はらはらと天井を見続けていると、しばらく固まっていた首が、ゆうるりと動きだした。
《……い、今の…、痛かった、……です……》
気の毒だとは思う。
思うけれど、青く大きな瞳がうるうると潤んで、めっちゃ可愛い。
しかも完全に振り向いた帝人の鼻の頭は、赤くすりむいていて。
まるで、何かの歌にでてくる、情けない【真っ赤な鼻のトナカイ】だ。
(耐えろ俺、ここで笑ったりでもしたら、どれだけ空気読めない男になるんだよ!?)
すごく間抜けな姿に、思わず奥歯をぎりぎりと噛み締めた上、長いすの黒カバーを、握り締める。
ぐしゃりと指が突き破って、それでも笑いを精一杯堪えようと思い、もっともっと手に力を入れると、腕から手がぷるぷると震えだす。
そんな自分に、またもや紀田がぽんと震える肩を叩いた。
「気持ちは俺も判りますよ。訳分からないブザー音が鳴ると、心臓ドキッとしますし。でも大丈夫です。帝人は意識が無いだけで、命に別状はないって……、そうさっき医者が言ってましたから。だから帝人は大丈夫なんです、絶対に平気です」
気遣ってくれる紀田の眉は、八の字になっていた。
まるで静雄に言うのではなく、自分に言い聞かせているようで。
逆に静雄が、くしゃりと紀田の黄色い頭を掻き撫でた。
「馬鹿が。ガキの癖に大人を気遣っているんじゃねーよ。お前だってまだ16歳なんだろ。本当なら親に甘えていい年頃なのに、辛いよな。お前も竜ヶ峰も」
「平和島さんこそ、どうして帝人のこと、そんなに気にかけてくれるんすか?」
「今の所は、俺に普通に話しかけてくれた奴だからとしかいえねぇ。俺はそんなに良く竜ヶ峰の事をしらねぇし。ただ、俺の噂を聞いてるのに話しかけてくれるやつって稀有だからな」
視線は天井に向けたまま。
言葉をかけてやると竜ヶ峰の生首が、目をきらきらさせながらこっちを見降ろしている。
霊が見えない紀田に、【あいつは其処にいるぞ】なんて、言ってやりたいがやっぱり言えない。
作品名:ありえねぇ!! 2話目 作家名:みかる