ありえねぇ!! 3話目 前編
『いい上司じゃないか♪ 私もお前の食生活を今初めて知ったが、帝人の言うとおり自炊に賛成だ。大体外食とカップラーメンとコンビニ弁当だけでは、塩分の取りすぎに高カロリーで、将来心不全が心配になる』
《ですよね♪》
女と子供に徒党を組まれては、勝ち目なんてない。
新羅のキッチンはオープン式なので、テーブルに座っていればカウンターの中は丸見えになり、静雄の目の前には現在、袋から取り出された食材の山と、帝人の首幽霊、そしてセルティが、わくわくしながらこっちを見ている。
《じゃあ静雄さん、まずは玉葱二つと鶏肉とベーコンとトマトを、全て一センチ角に切っちゃってください》
不本意ながら、帝人の指示の元、cooking開始となった。
言われた通り、手当たり次第にざくざく切り刻んでいくと、帝人もセルティも、揃って首を傾げている。
「ああ? どうしたお前ら?」
セルティが素早くPDAに何かを打ち込み、こちらに突きつけてきた。
『静雄、お前料理しないって言った癖に、えらく包丁捌きが良くないか?』
「切るだけならな。バーテン時代にフルーツカッティングを散々仕込まれたし」
《えっと、それって四つ切りんごで、ウサギを作ったりするようなものですか?》
「そんなチャチな物と一緒にすんなっつーの」
それは旬の果物を、アートとも言えるぐらい細かく細工する技術である。
例えば……、ナイフで四つ切にしたりんごを、外側から三ミリの厚さでV字型に中心まで切っていく【リーフカット】というものがある。できあがったピースを等間隔でずらせば、非常に美しい葉っぱができあがるのだ。
この技術を応用すれば、一個のりんごから白鳥の翼や花にも加工できるし。
とても女性客に喜ばれる為、アイスクリームなどのデザートを、それらで良く飾ったものだ。
レモンとライムを薄くスライスし、それを捻って【バタフライ】とか【リボン】とか作ったり。
またイチゴのような小さい粒のものでも、ハーフカットやスライス……と、多々細々と切り刻み、氷やミントの葉を加え、皿に大輪の花にアレンジしたりもした。
またオレンジの皮を渦巻き型に丁寧に剥き、背の高いカクテルグラスに飾り付けたり、皮からくりぬきバスケットを作ったり等々……、幽から大量にバーテン服を貰ったし、頑張らねばと思い、随分と手の込んだ作業だったが必死に学んだものだ。
もし臨也に罪を擦り付けられ、警察に冤罪で捕まり、クビにさえならなかったら、今も一生懸命働いていただろう。
と、頭に横切っただけで、イラッとくる。
(……ヤバイ。やつの事を思い出しただけでムカつく……)
《私、見てみたいです♪》
「おう、元の身体に戻れたらな。お祝いにりんごで【白鳥】作ってやるよ」
《絶対ですよ!!》
害した気持ちを宥め、帝人に言われるがまま鍋にバターとベーコンと玉葱を放り込み、焦げ目がつくぐらいに炒めた。
バターの香ばしい匂いが立ち込める。
《其処に、赤ワインを投入して、旨味をしっかりと引き締めて下さい》
「ああ」
勝手に調理用ワインを拝借し、片手でコルクを抜く。
鍋に適当に注ぎ入れて、手首を捻って鍋をまんべんなく揺すっていると、帝人の首が、何故か目をキラキラさせ、ほうっと熱い溜息をついた。
《……静雄さんって、滅茶苦茶格好いい……》
「ああ?」
《すっごく絵になります。本当にもう、専門のコックさんと見違えちゃうくらい》
「眼科へ行け。今すぐ行け。行ってえぐり取って替えてこい」
《えへへへへ、無理ですよ。だってお医者さん、きっと私の事見えないし》
『静雄、お前耳まで赤いぞ』
「うるせぇ」
セルティにPDAを突きつけられなくても、自分の顔が赤くなっているのが判る。
帝人の何気ない一言に、左右されてしまうのが情けない。
これだから、褒められ慣れてない奴は困るのだ。
でも、嘘やおべっかでない、心からの賞賛は、本当に嬉しい。
今まで自分を見る目の殆どは、【無視】【嫌悪】【恐怖】で、帝人が今くれるような【信頼】【尊敬】【敬愛】など、皆無だった。
彼の首幽霊と行動を供にして、まだ24時間も経ってないっていうのに、今までずっと一緒に居たような、心温まる錯覚に驚きだ。
不思議なぐらい、心にずっと巣食っていた過去や現在のトラウマが、急速に薄れ、癒されていくのがはっきりと判る。
「もし、竜ヶ峰みたいな奴が、俺の学生時代に周りにいたら……、俺も随分と性格が変わっていたかもしれねーな」
《えへへへ。私も記憶ありませんが、もしも静雄さんと一緒に過ごせていたら、とても楽しかったと思います。あ、デミグラスソースをその鍋に投入して、切ったトマトも加えて煮込んでください。それが終わったら次は、フライパンで鶏肉をバターで炒めます。後半分の過程ですから頑張ってくださいね》
「おう♪」
帝人が的確に指示をくれるから、とても楽だ。
「そういや、セルティ。新羅は自分でメシを作るのか?」
『嫌、ほら、やっぱり……、好きな男の食事は、作りたいものだろう……、私が……』
もじもじしてPDAを向ける、セルティの身体の影が、小さなハートマークをいくつも作って空に飛ばしている。
きっと彼女は今、自分の身を取り巻いている影が、勝手に何を大量生産しているか、全く気がついていないだろう。
帝人の首が、微笑ましいものを愛でる様に目を細め、ほのぼのと頷いている。
「羨ましいこって。俺には彼女なんて、絶対できねーし」
《そんな事ないです。静雄さんはとっても優しくて素敵な人なのに》
『そうだぞ静雄、私もお前以上に気立てが良く、男らしい奴は知らない』
「二人とも、あんまし褒めるな。照れるじゃねーか」
実際、力を入れすぎたのか、フライパンの硬い取っ手が、静雄の指型に陥没する。
途端、二人の首はこくこくと頷く。
《でも静雄さんって、本当に手際も手つきもいいですし、どうして今まで自炊しようとしなかったんですか?》
『私も不思議に思う。別に料理嫌いにも見えないし』
「あー」
改めて思い返してみる。
そういえば、どうして今まで自分は、頑なに台所に入らなかったのだろう?
自問すれば、直ぐに頭の中に、今まで完全に忘れていた過去の記憶が鮮やかに脳裏に浮かんだ。
「……あー、そういや俺、料理禁止されてたんだ……」
《え、誰に?》
「家庭科の先生。小学校の時『お前達はもう二度と料理をするな』って、怒鳴られた」
『お前達って?』
「……俺と新羅だよ、……そーかそーか、想い出したぜ。畜生、結局俺がこうなったのって、全部あいつのせいじゃねーか!? 殺す殺す殺す殺す新羅めメラっと殺す、ヒトオモイに殺す……」
怨嗟が募り、手に持っていたフライ返しが、パキリと音を立てて割れた。
『お、落ち着け静雄』
《何があったんですか?》
それは小学校五年生の、家庭科の授業でおこった悲劇だった。
「こうやってさぁ、切った食材を油で炒めて食べるっつー、簡単な調理実習があったんだけどよー」
但し食材は家から各々持ち寄る事になっており、静雄は朝、てきとうに家の玄関に転がっていた、ハロウィン用の飾り付け用かぼちゃを、小脇に抱えて持っていったのだ。
作品名:ありえねぇ!! 3話目 前編 作家名:みかる