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紅の識者

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     ※   ※   ※

隊長と副隊長は、共に同じ部屋で書類仕事をこなすことはもちろん、虚討伐任務が下れば、二人で任務にあたる。
「あはっ、やめろって。んっ、くすぐってぇってば、はは、あッ、そこダメッ、ひあッやだっ」
仕事中のはずの執務室から漏れ聞こえる声は、聞いた者の大半に、誤解を招くこと間違いないだろう。
声そのものは男のものなのに、まだ大人になりきっていない高い声音が、艶めかしい。
はしたないと思いながらも、思わず聞き耳を立ててしまう。
「隊長ッ!書類終わりました!」
自身の書類は終え、隊長である一護の隊長印が必要なものだけを残し、浦原は苛立たしげに言う。
「ん〜、そこの机置いとい、やっ、もうダメだってば」
苛立つ浦原はそっちのけで、一護と一匹の黒猫は戯れる。
書類仕事は放棄して、一護は黒猫姿の夜一に遊ばれていた。
初めは仕事を邪魔するなと言っていた一護も、一度撫でてしまうと歯止めが利かなくなり、しっかり首筋を舐められるまでに至っている。
引き離そうと躯を掴んでも、爪を白羽織に立てられ離してくれない。
猫特有のザラついた舌が首筋を舐める度に、くすぐったいようなゾクリとするような、曖昧で微妙な感覚が沸き起こる。
「夜一さんってば、あ、ん・・・」
「隊長書類っ」
「ん、だからそこに、あっ」
「夜一サン!仕事の邪魔です!」
終わった書類を、一護と浦原の机の真ん中に置かれている机に乱暴に置いて、浦原は一護に淫らな声を出させる猫を睨みつける。
出来るものなら浦原自ら夜一を一護から引き剥がし、窓の外にでも放り出したかった。
しかし、一護と浦原の間に置いてあるのは、机のほかに、床に赤いテープで境界が区切られている。
この境界を一歩でも踏んでしまえば、即、浦原は副隊長を辞めさせられるので、手を出したくても出来ず、浦原はグッと怒りを押し留めるしかない。
「別にお主の邪魔はしとらんわい」
ツン、と夜一はクビを振って、一護の頬に擦り寄る。
どう見ても、浦原に見せ付けているのは明らかである。
「黒崎サンのあられもない声を聞かせられて、アタシの理性が平静を保てるわけないで、ガッ!」
「誰があられもない声だ。だいたい黒崎サンじゃなくて黒崎隊長。10点マイナス」
今にも鼻血を噴出しそうな浦原に一護はティッシュケースを投げつけ、机の中から取り出した紙に、『呼称間違いマイナス5、セクハラ用語マイナス5』と記入する。
「今ので、トータル67な」
一護が決めた副隊長採点方法は至って簡単である。
初めに100点与え、役に立てばプラス、先ほどのように副隊長にあるまじき態度を取ればマイナスとなり、0になればその時点で副隊長クビとなる。
初めは100あった数字も、たった一週間でマイナス33されている。
このペースでは一ヶ月という期限を待たず、浦原は副隊長を辞めさせられることだろう。
点数をマイナスされる度にへこむ浦原を面白がるように、夜一は何かと一護に絡むようになった。
絡み方は、浦原の足を引っ張る方向に限定されているが。
「馬鹿じゃのぅ」
澄まし顔で夜一は笑む。
一護が絡むと一挙一動に浦原は反応する。
面白すぎる。
だから止められない。
「でも、あれだけの山の書類を今日一日で終わらせたから」
右手に持った筆をクルクル廻しながら、一護が言うと、浦原の瞳がパッと輝く。
「プラスぅ〜・・・2点で、トータル69点と」
マイナスの後に書かれる『書類プラス3点』。
一護の言う山の書類とは、本当なら一護がすべき書類が大半を占めていた。
山も一つではなく3つあり、どれも高さが30センチはあった。普通の者なら徹夜しても終わらない量だ。
自身の意に反して浦原が副隊長になってしまったが、こんなに仕事が楽になるんだったら、副隊長がいてもいいかなと、こっそり考え直している一護である。
「あんなに頑張ったんだし、あと1点アップしてくれても・・・そうしたら切良く70点・・・」
「反論したからマイナス1」
「ひあぁ〜んっ!」
床と頬を仲良くすり合わせ、浦原は涙した。
一護の副官になったまでは良かったが、半径2メートル以内の不必要な接近は禁止され、書類の手渡しも出来ず、想いだけが募る一方である。
下手に一護が視界に入る位置にいる所為で、浦原の現状は生殺しに等しい。
「書類終わったんなら茶にしようぜ」
「はい・・・」
浦原の出した書類を取りに行き、目を通しながら休憩を告げる。
一護に言われ、浦原はお茶と茶菓子を用意するべく部屋から出て行く。
実際、浦原は非常に有能で、一護も目を見張る部分が多かった。
書類も一護が真面目に格闘して3日は掛かるだろう。それを浦原は小さなミスも無く、確実にこなしていく。
「上手く浦原を使っておるようじゃの」
一護の机の上に座り、前足を舐め毛繕いしながら、夜一は書類に目を通す一護に声を掛ける。
そうは言っても、急に決まった副隊長に一護が頭を悩ませている姿を見て、『使えるものは使っておけ』と助言したのも夜一である。
「お陰でめいっぱい楽出来てるよ。サスガ夜一さんの幼馴染」
「ほぅ、お主が厭味をいうのであれば、わしが思っている以上に浦原を認めておるということか」
「認める云々は一ヶ月後の点数次第」
点数は95以上で合格という狭き門だ。
このままで行けば、浦原が副隊長に残れる可能性は限りなく低い。
それでも一ヶ月まで結果を待つと言っている時点で、一護が自ら浦原を認めていることに気付かず言っているところが夜一は面白いと思う。
表向きは私情混同甚だしいくても、根底では公平であろうとする。
「・・・何笑ってんだよ?」
「猫が笑うというのか?」
「口元が笑うんじゃなくて、髭がピクピクしてる」
「よい観察力じゃ」
夜一の髭がまたピクピク動いた。
コンコン、と二回のノック後、
「お茶入りました〜」
執務室に湯のみ3つと茶菓子が載ったお盆を片手に、浦原が入ってくる。
「はい、黒崎隊長。夜一サンは冷茶です」
お茶を置くのも中間に置いてある机の上で、そこで休憩を取るのが決まり事になっていた。
用意した茶菓子も柏餅三人分だったが、甘い物が苦手な浦原は一護に餅を譲る。
初めは裏があるのでは、と警戒した一護も、夜一から浦原が甘い物が本当に苦手だと知ると、遠慮なく食べるようになった。
おやつは一個より二個の方がいいに越したことは無い。
濃いめに入れてあるお茶と甘い柏餅に舌堤を打ち、一護の頬は幸せそうに緩む。
成長盛りは、三度の飯と二度のオヤツが欠かせない。
夜一は猫姿になると舌も猫舌になるのか、熱いものは飲めない。
零さないよう舌でぴちゃぴちゃと冷茶を飲んだ。
「あ、」
「んむっ?」
餅を咀嚼しながら、一護は視線を浦原にやる。
その口元に柏餅のきな粉がついていて、浦原はつい拭いてやりたくなる衝動を堪えた。
必要以上の近寄りが禁じられている以上に、指一本触れることは厳禁だ。
この人はホントに全てが可愛いなぁ、と思いながら
「きな粉が口元ついてます」
「マジ?」
今度は夜一を見やり右口端を指されると、一護は恥ずかしそうに浦原が差し出したティッシュを受け取って口元をふき取った。
「取れた?」
「ええ」
拭き取ったティッシュを受け取り、ゴミ箱に捨てる。
作品名:紅の識者 作家名:シイナ