紅の識者
※ ※ ※
「手際良過ぎて、逆にムカつく」
「何デスか、それは・・・」
断末魔を上げ昇天していく虚を見届け、浦原は戦い足りないと強請る紅姫を聞こえなかったことにして、刀を鞘に戻す。今夜あたりにさっそく具象化して厭味の一つも言われそうだ。
振り返ると、浦原から少し離れた後方から、うんこ座りしている上に両肘を付き、顎をちょこんと乗せた一護の視線は鋭い。
というより睨んでいる。
向けられる一護の視線がなんとなく居心地悪く、浦原は明後日の方向に視線を反らした。
「お前って実際どれくらい力あんの?」
「黒崎隊長の足を引っ張らず、尚且つ手助けになれる程度に」
当たり障りなくはぐらかされ、一護はムッとする。
ついさっき浦原が一護の目の前で倒した虚は、決して弱くない。
なめて掛かれば要らぬ痛手を負うかもしれないだろう。
しかし、浦原は斬魄刀を始解すらすることなく、確実に虚を仕留めた。
本人の性格を別にすれば、確かに浦原は副隊長として能力相応だ。書類仕事も、対虚の実戦も出来る。
だが、どうにも腑に落ちず、
「あっち帰ったら手合わせするか?」
浦原の実力がどの程度のものか、直属の隊長なら知っておくべきだろうと一護がもちかける。
把握しておかなければ、今後の任務の際に隊の編成等に関わってくる。もちろん一護自身がこの掴み処の無い浦原の本当の実力を知りたいとも思ってもいる。
「いいですよ」
あっさり承諾し微笑む浦原に、一護の肩眉が僅かに跳ねた。
「・・・今、適当に力抜いてやればいいか、と思っただろ?」
「まさか、そんなこと思ってませんよ?」
浦原の返答は完璧だった。表情にいくらも変化も見せず動揺も表に出さなかった。しかし、それが逆に一護に疑わしさを募らせた。
この『笑い』を一護はよく知っていた。つい先日もお茶をしてからかわれた。
先ほどの浦原の笑みは、夜一の笑みとそっくりだ。
なるほどと一護は思う。確かに夜一と浦原は幼馴染で類友だ。
「やめた」
一護は立ち上がり、軽く袴に付いた砂を叩く。
「やめるんですか?どうして?」
「手ぇ抜くの分かり切ってるから」
ある程度なら一護も手加減して戦うことも出来る。部下の指南に隊長である一護がたまに見てやることもあった。
しかし、力を見る相手が手加減しては話ならない。
力を見るという目的そのものが出来ないのだから意味がない。
初めからやるだけ無駄ということだ。
「隊長相手に手加減なんて出来るわけないじゃないッスか〜」
誤魔化しが通じず、逆に一護の機嫌を損ねてしまい、浦原はあたふたと一護の機嫌取りに勤しむ。一護を侮れないと思うのが、こういう時である。夜一とそれなりの付き合いがある所為か、普段は子供らしく真っ直ぐなのに、変なところで誤魔化しが効かない。違う。子供だからこそ、嘘や誤魔化しを本能で見抜いてくる。
「隊長ってばぁ〜」
「ウルサイ。少し黙ってろ。」
縋る浦原を冷たく袖にして、一護は少し離れて、虚と戦う浦原から離れていた少女の元へ歩む。少女は一護が目の前に来ると、ビクリとして怯えた様子を見せた。虚に追われていたところを、間一髪、一護と浦原が助けた少女の幽霊だった。
「もう大丈夫だぞ」
少女の前にしゃがみ、目線を同じにする。そうすると、視線が同じ高さになったことに、小さな安堵を得たのか、少女は覚束ない笑みを浮べた。
「ありがと、お兄ちゃん、おじちゃん」
「お、おじちゃん?」
一護の後ろに控えていた浦原が、己の呼ばれた呼称に反応し、頬をピクリと引き攣らせる。
「隊長ッ・・・何笑っているんですか?」
一護の顔は見えないが、肩がクツクツ震えている。
「さぁね。それじゃ魂送といきますか」
「何をするの、おにいちゃん」
布を巻いたままの斬月を手にした一護に、少女は不安がり、安心させるように穏やかに微笑んだ。
「何も痛いことはしない。天国って場所知ってるか?」
「うん、天国に行ったらママに逢える?」
「逢えるよ」
「ホント?」
「ああ、だから目を瞑ってごらん」
そう言うと、少女はそっと瞼を瞑り、その額に斬月の柄をそっと押し付けた。霊魂の姿が微かな摩擦音を立てて消えゆく。少女の顔に苦痛は無かった。
「天国ねぇ?」
浦原の含みを持った呟きが何を言いたいのか、一護には言わずとも伝わる。天国と地獄があるならば、確かに尸魂界が天国で、虚圏が地獄ということになるだろう。
しかし、尸魂界が本当に人間の言う“天国”かは怪しい。
治安の良い番数の小さい地区に送られればいいだろう。しかし、もし八十番に近い地区に送られれば、地獄と大差はない。
普通の大人ですら、生きることも難しいのだ。
狂気だけの地区だ。幼い少女ともなれば、気の狂った大人たちに殺されても何ら不思議でない。
少女の魂魄が完全に消えてから、一護は立ち上がり斬月をまた背中に背負った。
「・・・気休めなことくらい分かってる」
それでも“天国”という言葉に、少女の不安が少しでも消えることを願った。
「優しいんですね」
「厭味か?」
「優しいなと思ったから、優しいと言ったまでですよ。どの地区にあの少女が送られるかは、私達の知るところじゃありませんが、少なくとも治安の良い地区に送られる機会は与えることが出来た。もしかしたら、本当に母親に逢えるかもしれない。可能性は低いですが、ゼロじゃない。」
「モノは言いようってヤツだな」
しかし、一護は悪い気はしていなかった。それは浦原にも伝わる。
「それこそ受け取る側の気持ち次第、ですよ」
一癖ある言い方が浦原らしいと一護は思う。
「よっし、そんじゃ帰るか」
現世の任務も終え、ついでに少女を襲っていた虚も倒した。多忙は隊長格の代名詞だが、気分がいいから、少しだけこちらで遊んで帰ってもいいだろう。
その日の夜に、布団の中に潜った一護は、浦原には黙ってこっそり+5点を付け加えた。