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紅の識者

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     ※   ※   ※

罰としての虚討伐は、少々手こずったが、一週間という与えられた期限以内に終了することが出来て、一護の気分はすこぶる良かった。
浮竹へは新発売だという栄養ドリンクが買えたし、京楽へもフラスコに入った変わった形の焼酎を手に入れることが出来た。
これを資料を借りた礼代わりに、土産を持っていけばいいだろう。
一番隊へ早く討伐終了の報告へ行かなくてはいけないが、土産片手に行くわけにはいかないから、先に土産を渡そうと十二番隊へ一護は急ぐ。
「こんちはー。浮竹さんいるー?」
「い、一護くんっ!」
閉じられた障子の向こうから、どこか慌てた口調の浮竹に、一護は一瞬だけ入用だったかと思ったが、遠慮がちに
「現世のお土産渡したいだけなんだけど入ってもいい?」
「もちろんだよ!」
許可が下りて障子を開けば、運よく京楽も同席しており手間が省けたと一護は内心喜ぶ。
「はい、これお土産。こっちが浮竹さんでしょ、それでこっちが京楽さんに」
袋から取り出し、ドリンクと焼酎をそれぞれに渡す。
しかし、予想に反して、二人があまり喜んでいる素振りが見られず、一護の表情は悲しみを帯びる。
「・・・嬉しくない?要らない?」
「そんなことないよ!すごく嬉しい!浦原がくれる薬と違って一護くんがくれるドリンクなら安心して飲めるよ!」
悲しい表情になってしまった一護に、浮竹はつい口を滑らせた。
浦原の一言に、一護の顔は瞬く間に険悪となる。
「浦原ぁ〜・・・?」
「馬鹿!!浮竹!それより一護君!僕もすっごく嬉しいよ!変わった瓶だね!今夜さっそく味見してみるからね!!」
体調を崩し横になっていた浮竹を思いっきりどつき、京楽は強引に話しの話題をずらす。
だが、頭の中は別のことでいっぱいだった。
敏い京楽は、一護がまだ浦原のことを知っていないのだと気づくのも早かった。
おそらく虚討伐から帰ってきて、そのまま土産を渡そうと雨乾堂に寄ったのだろう。
でなければ、浦原が自分の副隊長になったと知って、一護が平静でいられる筈がない。
嵐は目前である。
「やっぱり?フラスコってところが良いよな。飲めないけど、こうして見たら焼酎ってすっげぇ綺麗なんだなって思う」
「一護くんがお酒飲めるようになるまでとっておこうか?」
「いいよっ!そんな!賞味期限切れるだろうし!」
「じゃあ今から飲むかい?」
「いいって!これから報告行かなきゃいけないし、お土産渡しに来ただけだから!」
京楽から酒を勧められ、一護は捕まる前にそそくさと部屋から退散することを選ぶ。
そして一護のいなくなった部屋では、二つの大きなため息が零れた。
「・・・ナイスジョブだ、京楽」
布団の中から浮竹が親指を立てれば、京楽も同様に親指立てて応えた。
一護が酒に弱いことを知った上で誘えば、当然断るだろう。
そして絡まれるまいと部屋から出て行く。京楽ならではの自然でありながら巧妙な誘導だった。


■□■

一護が一番隊に報告書を提出に行くと、総隊長である山本の姿は見られず、仕方なく副官に渡してもらうことにした。珍しいと思う。
山本自らが赴かねばならない問題が起きたというのだろうか。
いつもなら一護が一番隊に行くと、良く来たと言ってくれて、おやつを出してくれるのに。
ちぇ、と悪態をついて一護は一番隊を後にした。
現世もそれなりに好きだが、はやり尸魂界に戻ると、帰るべきところへ帰ってきたと思える。
両手を上に伸ばし、大きく背伸びする。
「ふ〜・・・」
隊舎に戻って隊員たちの様子を見たら、仮眠室で少し眠ろう。
討伐に行っている間の書類が机の上に溜まっているだろうが、それは起きてからでいい。
討伐から帰ってきたばかりで、誰も文句は言わない。
隊員が事務処理をしている隊舎の前まで来て
「オーッス。ちゃんとサボらずに仕事してたか〜?」
一護が揚々と戸を開ける。
帰ってきた自分に、隊員たちはきっと驚くだろうと思っていたのに、
「お帰りなさい」
「黒崎隊長、虚討伐お疲れ様でした」
さして慌てる様子も見せず、一護を出迎える隊員に気が抜けてしまう。
「留守の間、悪かったな。書類はどこだ?」
隊長の印が必要な書類はどこにあるかと一護は問う。
一護が不在の間は、隊長室には鍵がかけられる。
隊隊長室には隊長印の他に大事な資料も保管されている。
勝手に部屋に入り、万が一にも印鑑を使われたり、資料を紛失するわけにはいかず、隊長不在の間は鍵が掛けられた。
「書類でしたら副隊長に渡しましたよ」
隊員の一人が答える。
「・・・は?副隊長って?どこの隊の・・・?」
一瞬、一護は隊員の言う意味が分からず、違う隊の副隊長かと思う。
「どこのって、ウチのですが・・・」
「だからウチって・・・?十二番隊は副官不在だろ?俺は誰も指名してねぇ」
「えっ?でも先日正式に任命されたじゃないですか?黒崎隊長ご存知ないんですか?」
別の隊員が驚いたように言う。
「正式任命って何だ?俺はそんなの知らねぇーぞ!」
身に覚えない事態に一護は声を荒げてしまった。
副官の任命は隊長の指名によって決まる。
それを隊長である一護に何の話も通さず、副官が決まったというのか。
何を考える間でもなく、勝手に副官を決めたのは、山本、または中央四十六室に辿り着く。
「知らないって、言われ、ましても・・・」
一護に詰め寄られ、隊員はどうしたらいいのか戸惑いたじろぐ。
隊長である一護が不在中に行われた任命式で、それなりに不可解な点はあった。だが、隊長格でもない隊員が何を言ったところで無駄である。
下は上の命令に忠実に動くことこそが大事なのだから。十二番隊舎内に、不穏な空気が立ち込める。
「・・・じゃあ、どこのどいつが、隊長である俺に何の話も通さず、副官になりやがった?」
己の意に反する者など自分の副隊長とは決して認めない。
即刻副官から外して、違う隊に飛ばしてやる。
「アタシですよ?以後宜しくお願いします」
後ろから掛けられた声に、一護はバッと振り返ろうとしたが、寸前で留まった。思い当たりのある声。
特に声そのものは男の低い声なのに、自分自身のことをアタシと言う。
アタシとは、普通なら女性が自分自身を指して言う言葉だ。
そんな人物を一護は一人だけ知っていた。
じっとりとした汗が一護の背中を伝う。
振り返りたくなかった。
だが、振り返り、勝手に副官に居座った者を確かめなければならないし、もしかしたら思い当たる人物と違うかもしれない。
ぎこちない動きで一護はゆっくり後ろを振り返った。
「・・・〜ぉまえ〜ッ」
一護の考えは的中した。
「お帰りなさい、隊長、疲れたでしょう?少し眠りますか?あ、書類はアタシが全部片しておいたので安心して休憩して大丈夫ですよ」
黒い死覇装に、右腕には十二番隊の副官証。
ニコニコと微笑みながら立っているのは紛れも無く浦原喜助であった。
「何でお前がウチの副隊長なってんだよ!」
「何と言われましても、霊術院卒業するときに、配属希望の紙提出するでしょう?それに黒崎サンの副隊長なりたいって書いたんです」
その隣に、『ならせてくれなかったら、死神にはならない』と赤文字で書き添えたことは伏せておく。
作品名:紅の識者 作家名:シイナ