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深淵

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 こどもがその床に手をつくが、「まて」と男にとめられる。
「さっきの鍵は見事だったが、本来きみの仕事は大雑把だ」
「・・・・」
 なにもこんな時に思ったが、こどもをどかした男は床をさわりながら視線を壁に這わせる。
「方向として、むこうだな」
「じゃあ、あの綱とか?」
 壁に掛けられた綱を見に行った子は、「これ、とか?」そのうちの一本を引いてみた。
 ずぞぞぞ、と、床板同士がすれる音がして、そこが開く。
 「君はここに―」「じょうだん」「・・・・」ひらり、と赤いマントが暗闇に落ちていった。
 
 
「着地はうまくいったかね?」
ライトを取り出してゆっくりと梯子をおりれば、馬鹿にした顔の子どもがお待ちかね。むこうに漏れる明かりを親指でさした。
「さて・・どうするか。挨拶をしてみるか、それとも」
「出直すつもりなんてねえくせに」
 言いあてられた男が笑い、ライトを消した。

 足音を消して四角く浮き上がったそこにへばりつく。
 中をそっとうかがえば、人の気配はない。
 ただ、ものすごい数のろうそくがあった。
 火がともされているのは一つだけ。
 入ったそこは、きれいに作られた四角く大きな部屋だ。
 何脚もの椅子が一つの方向をみて並べられている。
「・・・なにか、やってるのか?」
 小声の子どもの意見はもっともで、椅子がむいたほうには、重たそうな臙脂色のカーテンが垂れている。
 今にもそれがゆっくりと上がり、何かが始まってもおかしくはない。
「―明かりはろうそくだけ。きっとさぞかし幻想的な舞台だろうな」
 言いながら、す、と前に出た男が手袋をはめた。
 こどもが男とは逆位置につく。
 眼でうなずきあい、その布を暴いた。






 「・・・かりだ・・ひかる、ひかり、あかり・・・どかん、どかん、ごおおお」

 幕のむこう、やはりろうそく一本の明かりの中で、つぶやく男は背を丸めて寝転がっていた。
 ぼさぼさの髪が見える。
 毛布一枚にくるまり、からだを揺らして、「どかん、どおん」と声をだす。
 子どもに手を挙げてみせた男が一人、近付く。
 失礼、と声をかけライトを取り出すと、横たわるその顔を照らした。
 途端。
        ぎゃああああああああっ―
 ほとばしるような悲鳴を、手袋をした手が押さえ込む。
「な、なにやったんだよ?」
「顔を照らしただけだっ、つ」
 押さえた男の手に、歯が立てられた。だが、明かりに浮き上がる顔の血走った眼は、ただ虚空をみるように見開かれたままで、そこからあふれた涙が次々とこぼれる。
 頬はこけ、手入れされていない髭に覆われた顔には生気がない。
「すまなかった。君に危害は加えない。名前は?なぜ、ここにいる?」
 こどもの耳にはやさしさのひとかけらもみえない、その聞き方と声に、言いたいことがあったのだが、それより気になる事が先に口をついた。
「この匂いって?」
 ここに入ったときから漂うこれは?

「絵の具、ですよ」

背後の布のむこうから、声がした。
重みのあるそれがゆらりとし、幕間から影がはいりこむ。
「わたしの見間違いではなかったら、大人のあなたは軍の制服を着た軍人だ。だが、こんな時間に訪問があるなんて、聞いてないなあ。おまけに、小屋の入り口の鍵が改造されて開いていた。これが、噂に聞く、錬金術師の仕事ですか?」
 蜀台を手に現れたのは、ふちの太い眼鏡をかけた背の高い若い男だった。
 清潔な白い服装。手入れがされた髪は転がる男と対照的。
「へえ。その個性的な仕事が噂になっているとは知らなかったな」男は子どもへ同意を求めるよう眼をやり、眼で制すると、「どうしてもはいりたかったのでね」と続けた。
「―ここに、ですか?」
 若い男がさぐるように聞き返す。
 軍服の男はやおら立ち上がる。
「ああ、これは失礼。名乗るのは勘弁してもらおう。ただ、ここのお嬢様と破談になった男といえばわかってもらえるかな?」
「ああ・・ふうん。あなたですか」
困ったものを見るような顔をされた。
「こちらの素性がばれたところで、そちらの紹介はないのかな?」
 男は眼鏡を指でおしあげ笑った。
「わたしはここに仕える庭師の息子です。まあ、継ぐ気はないですけど。その転がっている男は、わたしが拾ってきました。この屋敷の向こう側に、アザン家の猟場があるんですがね、そこに倒れていたんです。ひどい状態だったので、人としてしかたなく助けました。家に連れ帰ろうとしたんですが、親父と口論になって、それでここに。言葉もちゃんとしゃべれないような、流れの絵描きですよ。ただ、風景画とかうまいし、買ってくれる物好きもいて、ここまで来れたみたいですが・・。納屋に住まわせてたら、すぐ、ニーナにも見つかって、開き直って紹介したら、なぜか気が合ったみたいでね。まあ、いい暇つぶしになってますよ」
 誰の暇つぶしなのかは言わずにくすりと笑う。
「あんたが、父親なのかよ?」
 子どものむっつりとした声に、相手は肩をすくめた。
「彼女の相手はわたしではないですよ。そこにいる、『救いの画家』が父親だ」
 転がったまま毛布に包まった男を顎でさす。
「なにの、画家だって?」
 眉をよせた子どもの質問に、男は微笑んで転がった男に近寄っていった。
 蜀台を軍服の男に手渡すと、「さあ、ジョニー、時間だよ」毛布を引くように男を引き起こす。男が再び倒れないようにしっかり姿勢を正させると、光が届かない奥へと消え、何かを手に戻る。
「―なるほど」
 蜀台を持たされた男がつぶやくのが聞こえた。
 子どもが見上げた顔は、なぜか戦闘状態にはいったときのような笑顔だ。
 白いシャツの男が手に戻ったのは、一枚の木の板で、そこに盛り上がっているのは、暗い灯りの中でも赤い色とわかる、すごい量の絵の具だった。
 座り込んだ男の右手を開いて握らせているのは、ペンキを塗るときに使うような、筆というよりは刷毛だった。
 ばさり、と毛布が落ちた。
 ぎこちなく立ち上がった男が、闇にむかって進んでゆく。
「ほら、『救いの画家』が今日も描きますよ」
 ロイの持つ蜀台を取りに来た男が説明し、画家の背中を浮かび上がらせた弱い明かりをかざした。
 
「―な・・んだ?あれ・・」
ぼんやりと一部分だけ浮かんだそれに、子どもは、しらずに息をのんだ。

 画家が向かった先には白い壁があり、さきほどまで体を起こす力もなさそうだった男が今一心にその壁に何かを描きなぐっていた。

「どおお、、どおお、ごおおおお、ひかる、ひかる、あつい!あつい!ばああん!」

つぶやきは、おたけびとなり、赤い線とともに壁に叩きつけられている。
「・・・・・だ」
「え?―」
 何かをこぼした気がする横に立つ男は、見たこともない憎悪をむきだした顔をさらしていた。
「どうです?すごいでしょう?彼の絵」
 壁を照らす男が、二人を振り返った。
「信じられるかどうかわかりませんが、彼は、ジョニーはね、こことは別の世界からきたのですよ」
「・・・は?」
 こどもの間抜けな声に嬉しそうな男は笑った。
作品名:深淵 作家名:シチ