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深淵

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「わたしも初め笑いました。ですが、この絵を見て考えは変わった。どうやら彼は、自分の世界で戦争にあい、なにかのはずみでこちらの世界にきてしまった。ところが、こちらも戦争中だったようでしてね」
「・・・・・」
 隣の男の手が、わずかに動くのを子どもは見た。
「そのせいか、彼は少し精神的に参ってしまっている。だが、本物の戦争をみてきた彼の絵にはすごい力がある。この絵の前で彼に助けを求めれば、困っていることが解決するのです。病気も治った人がたくさんいる」
「・・はあ?」
今度の子どもの頓狂な声には説明する男も困った顔をしてみせた。
「それが、事実なのですよ。悩みも解決する。現に、彼女だって、ニーナだって、ここで願ったら、お腹の子どものことも解決したのですから」
「・・流れた、という意味か?」
「どこかの男が助けてくれなかったようでね」
 びみょうな静けさの中、画家のしゃがれたような声だけ響く。
「―どうです?そんなにはいりたかったなら、見ていきませんか?これからは始まる集会を」
「ああ。初めから、そのつもりだよ」
「そうだ。それに、あなたも助けを求めるといいでしょう。なんでも、この家から消えた宝石を捜さないといけないのでしょう?」
 馬鹿にされたのを悟った子どもが男を睨むが、珍しく口は開かなかった。
「・・そうだな。それもいい案だ。ちなみに、閣下は、その集りのことは?」
「・・・知らないはずだ。ニーナが何かをしてるのは、わかってるだろうが、あの人はここには近付かないからね」
 あの人、自分の娘が怖いらしいよ、と男は高い声で笑った。





真夜中に、どこからこんなに人がと思えるほど、集まっていた。
床に置かれたすべてのろうそくに、火がゆれている。
先ほどの眼鏡の男が、集まった人間たちに、なんだかえらそうなことをしゃべっている。
「あいつが救ってくれるみたいなしゃべりかただな」
「代弁者、というのはいつでもそういうものだ」
 一様に黒いケープをまとい、フードも被っているその群れに二人も紛れ、最後列に座っていた。
 皆が身を乗り出すように幕が上がるのを待っている。
 画家のあのおたけびはその向こう側から、ずっと響き続けているのだ。
「―では、今日はそちらのご婦人から」そう指された女が立ち上がる。
 幕のむこうへとはいり、壁に絵を描く男の背に頭を垂れると、いかに自分が恵まれないかを声高に訴えだした。「あたしはもっといい生活したっていいはずなんです!あのけちな亭主さえいなければ!」女はそこでやっと気付いたよいうように叫ぶ。
「そうか!あんな亭主、なくしてください!お願いです!」
「どがあん!ひかり、ひかり!」
 それから先もずっと似たようなことの繰り返し。中には足が悪いとひきずるように出た老人が、足を直して欲しいと願い、「どっかあん」という答えで「痛みが引いてきた」などと、しゃんと歩いて戻るという茶番もあった。
「本人は、おおまじめだ」
「うっそだろ?」
 どれもこれも滑稽すぎた。
 助けをもとめているというよりも、こどもの眼には、己の勝手な願いをかなえてほしいというものばかりだ。
「―今日は、特別に、あなたもどうぞ」
 小声で会話していた最後列の二人を、この場をしきる男がさした。
「お言葉に甘えよう」低く笑った男が立ち上がり、前に出ていった。

 カーテンをくぐる。その幕の役目で絵のあるこちら側はまるで別世界だなと男は少し感心した。
 背後のろうそくの明かりによって、奥にうかびあがるそれには、たくさんの人間が描かれている。いや、描き続けられている。
 裸の男も女も子どもも老人も、全てが重なり描かれつづけ、それは今この時点でも描きくわえられており、限りなく増えてゆく。
 そして、それらすべてをかきまわすように、画家が腕を叩きつけるように引くうねった線は、その、うずまいているのは、    炎か―。
       裸の人間をおいかけ、まきこみ、翻弄してからめとり・・・

「―わたしがききたいのは・・」
この男の声が、一番ききとりやすいと子どもは思った。
「・・ききたいのは、ジョニー、色を塗るのかい?」
・・・聞き取れなくてもよかったな、と思う。
「どかああん、いろ、いろ、そう、もう、ぬるんだ、どおおおん!」
 はじめて、画家が、背後の人間にこたえた。
「・・わたしは、君がそれを何色に塗るかを知っているよ」
「・・・・・ほ、んと?」
 驚いたことに画家が動きをとめた。
 続いて、よたよたとしたあしどりで、黒いフードの男に数歩近付いた画家は、両手から道具を落とした。
 眼の焦点が合っている。唇がわなないていた。
「き、・・君も?君も知ってるのか?そうなのか?あれを?あれを知ってるっていうのか?じゃあ、君もむこうから来たのか!?」
すがりつくように胸元をつかまれ、ゆさぶられた男は、静かにこたえた。
「―残念ながら、そういう理由ではない」
「・・・・・・」
何かが切れたように、がくん、と画家が座り込んだ。
眼鏡の男が慌てたように幕を閉めに走り、「みなさんはいつものお食事へ!」とざわつく黒い集団へ指示をだした。

            『むこうからきたのか!?』

 男の明瞭な言葉が、なぜか子どもの中で重かった。



















 「みつかればいいだけの話だ。なぜ、ここに?」

 葉巻を噛む男は、自分の屋敷を前に横の男を睨んだ。
「閣下ご自身が、見つけたほうがよろしいかと」
「ほお」
 男の返答に、口の片側をあげてみせた。この男の喜びの表情なのかもしれない。
 車はそのまま門番の脇を抜けた。
 
 木々の間の道を行けば、その男の顔が明らかに固くなってゆくのがわかる。
「あれは、同席するのか?」
 自分の娘のことだろう。
「家宝を保管場所から盗んだのは、おじょうさまです」
「・・そんなことを聞いてるのではない」
 そうだ。そんなことは、この男にとってどうでもいいことなのだ。
「ご自分で確かめられないので、わたしを使った」
「どうでもいいことだ。『深淵』さえ戻れば」
 
 屋敷の前に車が着く。
 降り立てば玄関のドアが開き、女がほわりとした笑顔でむかえた。
「あら、おとうさま。おひさしぶりですこと」
「・・・顔色が、いいようだな」
「ええ、おかげさまで」
 親子とは思えない、緊張感がただようそれを聞き流して男は聞いた。
「順調ですか?」
「ええ、ありがとう。こんどこそ、産むわ」
「なっ、なんだと!」
「閣下、そのお話し合いは後でしてください。先にこちらへ」
 先に立った男は屋敷からはずれた道を歩き出す。
 いまいましげについてきた男を振り返ると、そこで止まって指をさした。
「あれは、閣下のかわいがっていらっしゃった猟犬たちですね?」
「狩猟も飽きてきたから処分するようにいいつけておいたんだ」
 白いかたまりを見ながら吐き捨てた。
「なるほど。ご存知だったわけですな。夜な夜な、たくさんの見ず知らずな人間が出入りしているのを」
「なんの話だ、いいから早く『深淵』をだせ」
「それでは、あちらに」
そう言って男が示したのは、園芸用の納屋だった。じろり、と睨む男の葉巻がゆれた。
作品名:深淵 作家名:シチ