M.I.S
慌ててアメリカも並び、負けじとケーキを4つに同じくホットチョコレートを頼んだ。会計を一緒に済ませて、道から見えにくい奥の方の席に座ると、アメリカはロシアと顔を見合わせる。
「今回も巧く行ったじゃないか!」
「そうだね。ここまで徹底しなくてもって思うけど」
「何言ってるんだい! こんなところを他の連中に見られてみろよ、何て言って囃し立てると思ってるんだい」
「それもそうだね」
大量のケーキを間に置いて、額をつきあわせる怪しげな大男二人は、しかし場にふさわしく周囲から上品に無視された。
アメリカの選んだケーキは、生クリームをたっぷりと使ったショートケーキに、こってりとしたオレンジショコラと、生チョコレートでコーティングを施したロールケーキ、そしてこの地の名物ザッハトルテだ。
ロシアの選んだのは、同じくザッハトルテに、旬の果物をたっぷりと使ったタルトレットと、真っ赤なベリーのムースだった。各ケーキの写真を撮ってから、いよいよ初めの一口を口に入れる。
「うわあ美味しい! 美味しいよアメリカ君!」
「こっちも美味いんだぞ!」
きゃっきゃと小声で騒ぎながら、お互いに一口ずつ融通しあい、ぺろりぺろりと平らげていく。口の中でとろける、濃厚なチョコレートやクリームに、舌鼓を打つ。ロシアがしみじみと呟いた。
「美味しいねぇ。幸せだねぇ」
「ああ、美味いのは幸せなんだぞ!」
束の間の幸せに浸りながら、二人が最後の一つにフォークを入れようとしたその時、
「おお? 珍しい組み合わせだなあ」
「んがっふ」
先にフォークに食らいついていたアメリカは、思い切りよく噎せ込んだ。今まさに口の中に運ぼうとしていたロシアは、口を開いたまま呆然と固まっている。そしてその二人の前には、笑い出す寸前で堪えている表情の、フランスが立っていた。
「よお!」
「ロシア、行儀が悪いですから口を閉じなさい」
更に、後ろからオーストリアが呆れた顔を覗かせる。
「何でいるの」
目を丸くして、呆然と呟いたロシアに、オーストリアが嘆息した。
「自分の国にいてはいけませんか」
「そうじゃなくて」
「どうしてばれたんだい! こんな完璧に変装してるってのに!」
喉に詰めたケーキの欠片を漸う飲み下し、アメリカは叫んだ。
「こら、大声出すんじゃないの。どこが完璧だよ。お前らどんだけ自分たちが目立ってるか、わかんない?」
眉尻をうんと下げて、フランスが苦笑する。
「兎に角、座らせて頂きますよ」
アメリカもロシアもうんと言わないうちに、オーストリアが同じテーブルに着いた。じゃあ俺も、とフランスが続く。
「それにしてもこの組み合わせとはなあ」
「君たちに言われたくないけど」
興味津々、と言う顔で、フランスがロシアの顔を覗き込んだ。ロシアは嫌そうに顔をしかめている。アメリカは3人の顔を代る代る見て、そういえばオーストリアとフランスは仲が悪い、と昔聞いたようなことを思い出した。
「何でだよ、俺とこいつとお前で、懐かしのペチコート同盟だろ」
「僕、裏切っちゃったけどね」
「じゃあ三帝会戦の方が良いかな?」
「オーストリアの飲んでるそれ、何なんだい?」
「メランジェです。うちの名物ですよ。あの頃はみんなお互い様でしょう。気にしても仕方ありません」
「それで、何なのお前たち。そんな悪目立ちする変装して、甘いもん食べ歩いてるとか」
にやにやと笑うフランスに、アメリカは胸を張った。
「名付けてM.I.S作戦なんだぞ!」
「えむあいえすぅ?」
「メン、イン、スイーツって言うんだって」
頓狂な顔で首を傾げるフランスに、ロシアが口を添えた。最後にとって置いたベリーのムースは、いつの間にかすっかり食べ尽くされている。
「ああ、あの映画のパロディか」
「ミッション・イン・スイーツでもいいんだぞ!」
「声が大きいってば。アメリカ君は張り切って名刺も作ってるよ。見せてあげたら?」
ロシアに促されて、アメリカは胸ポケットからカードケースを取りだすと、フランスに1枚手渡す。
「調査、分析、出版、株式会社エムアイエスぅ? 今時堅い名刺だなあ」
苦笑しながら言うフランスに、アメリカは肩を落とした。
「そうかな。俺にしては洒落た名刺ができたと思ったのに」
「これはないわー」
横から覗き込んだオーストリアが、駄目押しに頷いて言う。
「センスの欠落はアメリカだけの責任ではないでしょう」
「ああ、育ての親の責任ね。可哀想に」
どんどん落ち込んできたアメリカの代わりに、ロシアが話題を変えた。
「二人はどうしてここにきたの?」
「ここは私の行きつけです。打ち合わせに来たのですよ」
「そうなの。珍しい組合せだよね」
「そちらこそ、どうしてここに?」
「ガイドブックでね、ホットチョコレートとケーキが美味しいって出てたから。オーストリア君ち、チョコレート美味しいでしょ。だから何軒か回ろうかと思って」
「でも何でその組み合わせなの? あ、まさかお兄さんに内緒で二人は既にラブだったりするの!?」
「ははは、冗談は止してくれないかな」
「そうだぞ! 俺たちは純粋に、甘いものを人の目を気にせず楽しみたいという点で合意しただけさ! 他の連中に見つかったが最後、こんな風に絡まれること必至だからね!」
ここぞとばかりにアメリカは皮肉を込めたが、フランスとオーストリアにはまるで柳に風と聞き流されてしまった。
「怪しいなあ、実に怪しいぞぉ」
「別に堂々と食べに来ればいいではありませんか」
「だから違うってば!」
「えー、だって恥ずかしいもの」
「貴方方が甘いものを好きなことなど、周知の事実でしょう」
「嘘だぁ。否定するところがますます怪しい」
「怪しいもんか! フランス、これ以上言うなら承知しないんだぞ!」
「そうなの? いつの間に? 知ってるならもういいや。オーストリア君、お勧めのお店もっとない?」
「ああもう、会話が交錯して判らなくなるではないですか。フランスとアメリカは少しお黙りなさい」
「ねえねえ、僕、ケーキもう一個買ってきてもいいかなあ」
「おー、行って来いロシア、お兄さんにも一つ見繕って来て」
「ご希望はある?」
「お前が一口食べたいなって思うのでいいよ」
「ロシア、お店のリストはあとでメールで送ります」
「了解。ありがと」
錯綜した会話をするりと抜けて、ロシアが席を立っていった。その後ろ姿をアメリカは羨ましく見遣った。それを目敏くオーストリアが気付いて言う。
「食べたいのなら、貴方も行って来たらどうですか」
「うーん、食べたいのは山々だけど、今日はあと2軒行く予定があるし、持ち帰りの分もあるから、やめとくんだぞ」
「まだこの後も食うのか、おまえら」
甘さでほっぺたが溶けそう、と顔を顰めてフランスは言ったが、オーストリアは満足そうに頷いた。
「そうですか。心行くまで堪能していきなさい」
「まぁた体重がーって騒ぐハメになるよ?」
「煩いなあ」
「なあに、どうしたの、アメリカ君」
トレイにケーキを2つ乗せて戻ってきたロシアが、首を傾げながら席に着く。
「俺のは脂肪じゃないんだぞ! 筋肉だよき・ん・に・く!」
「太ってる奴ってみんなそう言うよな」
「僕のは骨太なだけだよ。何回言わせるの」