【DRRR】かれシャツEND・前【静帝】
…ズン…!!
随分と遠くに聞こえていた雨音が、爆音とともに急激に近くなる。
まるで夢から覚めたように目をはっきりと開けば、世界はくぐもった青色をしていた。そう思った後、それが自分の腕と制服の色であることを認識し、慌てて手を避ければ、そこにはまた同じ色。
園原さんに制服の色だった。
急に感覚が戻ってきたのか泥臭さが鼻につく。
「怪我はありませんか!?」
「え、うん。僕は何も…。…えーと、…これ、園原さんが?」
これ、と僕が目をやったのは、僕らを挟んで両脇に落ちている大きな鉄塊。
真っ二つに分けられた自販機からは、商品のお茶がなすすべなく転がり出て来ていた。これが最期の記憶にならなくて本当に良かった。
たぶん園原さんがサムライもビックリな剣捌きで助けてくれたに違いないが、日本刀はすでにどこにも見当たらず、園原さんの目も赤くはない。
これだけ強く速く動ければ、僕ももう少し自衛できるのだろうな、とぼんやり思った。
まだ頭の端が痺れたような感覚が残っていて、頭も体も上手く働いてくれないようだ。
「…また、園原さんに助けてもらっちゃったね。ごめん、ありがとう」
「いえ、無事でよかったです。でも泥だらけになってしまいましたね」
そう言われて自分の格好を見た。
傘はすでに見当たらず、雨に降られっぱなしになっているのだが、そんなことは関係ないほど全身ぼとぼとに濡れきっている。
自販機はどちらも見事に水溜りに突っ込み、僕は返り血ならぬ返り泥水を被ってしまったようだ。
制服は背中と腕の内側以外が灰色になっていて、濡れた時に臭う特有の制服くささと、泥の臭いが全身を包んでいた。
さらに頭からジャリジャリとした水が雨と一緒に流れ落ちてくる。その一部が首筋から背中にかけてつうっと伝って行った気持ちの悪さに、全身を振るわせた。
「すみません、もうちょっと上手く出来ていたら」
「園原さんが謝ることないよ!園原さんがいなかったら、この泥水が全部血になってたんだからさ。本当にありがとう」
全く泥水を浴びていない園原さんに羨望の眼差しを送っていると、その背後からに大きくて暗い影が現れた。
勢いがない。きっともう竜巻は落ち着いたんだろう。その証拠に、聞こえてきた声はいつもより更に低くて、それでいて全然活気がなかった。
「……み、みか…ど」
ああ、確実に彼は今、自己嫌悪と罪悪感で潰れそうになっているんだろう。
「えーと。…こ、こんにちは。静雄さん」
一応、笑顔で挨拶をするが、現れた人はこの雨空よりもどんよりと重くて暗い表情で、今にも死にそうといった風体で立ち尽くしている。
力なく垂らされた腕は、とうていさっき自販機を投げ飛ばしていたとは思えない。
「…俺、もう少しで、お前を…」
「静雄さん」
「…お前を、お前を、殺してたかもしんねぇ!!」
普段の怒声と同じ声なのに、語尾が絞りきられるような悲鳴に聞こえた。
物騒な言葉はかなりの音量だったが、周囲には一切人がいなくなっていたので問題なさそうだ。
「でも僕、生きてますよ」
「駄目だ、許すな!俺は自分を許せねぇ!!」
「怪我もありませんし」
「俺は、お前がいなくなってたら!そんな!俺の力のせいで!堪えらんねぇ!!」
僕らの前に跪いた静雄さんは、完全にパニックになっていた。
あの握力で力いっぱい頭を抱え込んでいるため、カッコイイあのサングラスにもヒビが入り、みしみしと頭蓋骨が音を立てているのが傍に立っているだけで聞こえる。
自分で自分の頭を割ることが出来るのかなんて知らないが、この人ならしかねない。
僕への罪悪感と、僕を喪うことへの恐怖感のせいで。
その手に触れて何とか止めようとしながら、少しだけ、気分が高揚した。
自分の握力で自害してしまえるという非日常。それが自分を引き金としていること。
そして、…この人は本当に僕のことを大切に思っていてくれたという事実。
でも本当に死んでしまったら、元も子もないじゃないか。
「静雄さん、落ち着いて下さい。とにかく1度僕の方を向いて欲しいです」
跪き、頭を抱えて小さく屈んだ姿に、普段見上げることしかない人を上から見た。
綺麗な金色の髪の毛。水に濡れてもなお輝いている。色を抜いて染めているにしては、随分と綺麗な色合いだ。
大きな子供をあやすように抱き寄せて、固く握りこまれた指と指の間に自分の手を突っ込もうとすれば、僕の指を折らないように力が緩んでいく。
理性が少しだけ戻ってきた気配がした。
「静雄さん、落ち着いて顔を上げて下さい」
「そんなに後悔している間に、竜ヶ峰君が風邪をひいてしまいますよ?」
僕がゆっくりと混乱を止めようとしているところに、園原さんの声が響いた。
何だかその声がやけにトゲトゲしい雰囲気を纏っていた気がする。
作品名:【DRRR】かれシャツEND・前【静帝】 作家名:cou@ついった