飲みすぎ注意
事の始まりは、昨晩に遡る。
昨日は英米加の三か国で会議を行ったのだが、その後に流れで、久しぶりに三人で飲みにでも行こうということになった。
店に入ってすぐは、のんびりと美味しいお酒と料理を楽しんで、昔話や最近の話題やらでそれなりに楽しく盛り上がっていた。そこまでは特に問題もなかった。暫くしてイギリスが酔い始め、絡み酒になっていった時も、まだ『いつものこと」で済んでいた。
「イギリス、ちょっと君飲みすぎじゃないかい?俺が一杯飲む間に君ってば二杯ぐらい空けてるじゃないか」
「あんまり飲みすぎると、明日が大変だよ」
「これぐらい大丈夫だ!それにまだ俺は酔ってない」
その日のイギリスは、久しぶりに三人で集まれたことが嬉しかったのか、いつもよりもハイペースに飲んでいた。アメリカとカナダが所々で止めようとしたが、既に酔いが回ってきていたイギリスが、素直に聞くわけがない。結局そのままのペースで飲み続け、当然の結果として普段よりも速い段階で酔っていき、店に入って二時間も経った頃にはぐでんぐでんの状態になっていた。
「あーあ、イギリス潰れちゃったな」
「まぁ、あれだけ飲んでればね……。イギリス、大丈夫かい?吐き気はない?」
苦笑交じりに言ってからカナダが突っ伏したまま動かないイギリスの顔を覗き込む。カナダの声に反応したのか、イギリスが重たげな所作で顔を上げた。頬は紅潮し、口元はしまりがなく、瞼は今にも閉じそうという、いかにもな酔っ払いの風体である。
「イギリス、大丈夫?」
「……んー?そりゃあ大丈夫に決まってんだろお」
間延びした口調で答えるイギリスは、誰が見ても大丈夫には見えない。アメリカは呆れたように肩を竦め、カナダは困ったように眉尻を下げた。
「どうしよう、アメリカ」
「俺がイギリスの家に連れて行くよ。すっごく面倒だけど、ここに放っていったら今度イギリスにあったときにしつこく怒られかねないからね!」
「え、僕も行くよ」
「イギリスぐらい俺一人で十分運べるから大丈夫なんだぞ!それに俺はホテルの予約をうっかり忘れてたから、イギリスの家に泊めてもらうつもりだったんだ。だからイギリスを連れていくのはついでみたいなものさ」
「そっか、ならお願いしようかな」
はははと笑いながらアメリカが言う。カナダがほっとしたような顔で頷くと、カナダはぼんやりと二人のやりとりを見ていたイギリスの顔を覗き込んだ。
「イギリス、それでいいよね?」
「んー?んー……」
カナダとアメリカが話している間に睡魔が進んでいたのか、イギリスは生返事をするばかりだ。カナダは再び困ったように眉を下げ、イギリスの肩を軽くたたいた。
「イギリスー?大丈夫かい?」
「んー、あ?アメリカ……?」
「え、違――ッ」
イギリスの間違いを訂正しようと、カナダが首をかしげた時だった。イギリスの手がにゅっと伸び、カナダの襟首を掴み、自分のほうへと思い切り引き寄せる。カナダが気がついた時には、唇に柔らかい感触がぶつかっていた。
「イギリス!」
二人のやりとりを眺めていたアメリカが、驚いたように声を上げる。その声に突然の出来事に呆然としていたカナダが我に返り、イギリスを慌てて自分から剥がした。
「えっ、いま、キス……え?」
あまりに突然の事に混乱を隠せず、カナダは眼を白黒させた。今、自分に一体何が起こったのか。客観的事実として理性のほうは理解できているが、感情が追いつかない。
カナダは纏まらない感情を声に出そうとパクパクと口を開閉しながら、完璧に潰れてしまったイギリスと、呆れと同情と不機嫌を足したような顔つきのアメリカへ交互に視線をやる。
「カナダ」
「え、な、なに」
アメリカらしくない冷静で落ち着いた声音に、カナダが驚きにびくっと肩を震わせた。恐る恐る先程まで泳がせていた視線をアメリカへと据えると、不意にアメリカがいつも通りの爽やかな笑顔を浮かべた。
「きっとイギリスは君の事を女の子と間違えたんだと思うぞ!最近ガールフレンドがいなくて寂しいとか言ってたからね」
「あ、そう、なんだ。……え、でも、あれ」
ことさらに明るくアメリカが言う。一瞬その言葉に納得しかけたカナダだが、ふと首を傾げた。
「さっき、アメリカって言って……」
「たぶん、君の聞き間違えじゃないかな」
「そう?」
「ああ、そうだぞ!」
戸惑いがちなカナダの言葉に、さらりと至極当然と言わんばかりの態度でアメリカが返す。そこまですっぱりと断言されてしまうと、なんとなく自分の記憶の方が間違っている気がしてくる。
「本当に災難だったな!今度イギリスにあったときに盛大に文句を言うといいよ!」
「う、うん……」
アメリカに爽やかに元気づけられ、未だ納得しきれない部分はあるもののこれ以上アメリカに聞いてみたところで無駄であると判断したカナダは、小さく素直に頷いたのだった。