飲みすぎ注意
本当に、自分が酒で記憶が飛ぶ性質だったら良かったのに。
改めて昨晩の事を思い返して、イギリスは頭を抱えた。以前に日本が言っていた「穴があったら入りたい」というやつは、まさに今のような感情なのだろう。びしびしと突き刺さってくるアメリカの視線が痛い。
「……確かに、酔ってたからってお前とカナダを見間違えてキスなんて、最低だったと思ってるよ」
あまりに落ち込んだ態度だったからだろうか、黙り込んでいたアメリカが、渋々といった態度で口を開いた。
「まったく、本当に酷いよな。幾ら俺とカナダの顔とか声が似てるからって、恋人とその兄弟を見間違ったあげく、目の前でキスなんて」
明らかに拗ねた口調で、アメリカが言う。確かに、どんなに似てるとしても、恋人が目の前で他の相手にキスをしたなんて、普通に考えてあってはならない事だ。イギリスの心にさらに罪悪感の針が刺さっていく。
「……ほんとに悪かったと思ってる。お前にもカナダにもすまなかった」
肩を落としてイギリスが小さく言う。普段ならばアメリカに素直に謝るなんてプライドが邪魔をして許さないが、今回ばかりは完全に非は自分のほうにあるのだ。素直に認めなければならない。
ずっと他所へと向けていた視線をイギリスへと向けながら、アメリカが未だに不機嫌そうな表情のままで言い放った。
「許さない」
「……!」
「って、俺が言ったらどうする?」
「……お前、性格悪いぞ」
「君に似たんだと思うよ」
殊更に爽やかな笑顔でアメリカが言う。イギリスは困ったように顔をゆがめた。
「どうするって……そんなの、解るかよ。どうしたら許してくれるんだって聞くぐらいしか、ないだろ」
「じゃあ、そうだなあ……俺の言うこと聞いてくれるかい?」
「お前の?」
笑顔のままで告げられる言葉に、思わず警戒してしまう。アメリカがこういった顔で、そういった事を言ってくるときは、総じて碌なことがない。
「ああ、そうだぞ。俺の言うことを一個なんでも聞いてくれて、それから、これからもうお酒は飲みすぎないようにするって約束してくれるなら、とりあえず俺は許してあげるんだぞ」
「…………お前のその『言うこと』ってやつを先に聞いてから考えるってのは……」
「もちろんナシ」
「だよなあ」
イギリスは再び頭を抱えた。結論は既に出ているようなものだが、それでも躊躇わずにはいられない。
「俺はちゃんと、君が前にまだ他の国には知られたくないって言ってたから、君が俺の名前を呼んでキスしたことについてだってはぐらかしておいたんだぞ。一つぐらい言うこと聞いてくれたっていいじゃないか」
「うっ…………」
アメリカは唇を尖らせて言う。イギリスはそれから数秒間黙りこみ、不意に大きく息を吐いた。アメリカへと視線を戻す。
「……わかったよ。でも一個だけだからな!物理的に無理なものとかは却下するからな!」
「大丈夫だぞ!俺は君と違って優しいから、簡単なことしか言うつもりはないよ」
実に楽しげにアメリカが言う。簡単なことと言われても、どうにもイギリスには信じられない。疑いのまなざしを向けていると、アメリカが不意に立ち上がった。
「……?どうした?」
「イギリス」
「なんだよ」
「今すぐここで、俺のことが大好きだって言ってキスしてくれないかい?」
「………………は?」
悪戯する子供のような顔で告げられた内容は、イギリスが予想していた様々なこと――ロシアのマフラーを取ってこいだとか、そういったあからさまに無理難題なもの―――とは全く異なっており、思わず理解するのに数秒の時間を要してしまった。
「だから、今すぐここで俺の事を大好きだって――」
「あーあーあー!繰り返して言わなくていい!聞こえてはいるから大丈夫だ!」
慌てて遮る。まだ言わされたわけでもないのに、やたらと恥ずかしい気分になるのは何故だろうか。イギリスは居た堪れなさを発散するように乱雑に頭を掻いた。
「……なんで今更そんなことなんだよ。……そんなの、言わなくたって解ってるだろ」
「だってよくよく考えたら、おれは君からそういう言葉を聞いたことがないじゃないか。好きだって言ったのは俺のほうで、君はそれに頷いただけだったし」
「でも……」
「それに、君が昨日俺とカナダを見間違えて、キスしちゃってたじゃないか。なんだか君に愛されてる自信がなくなっちゃったんだぞ」
わざとらしいほど悲しげな口調でアメリカが言う。昨晩の話題を持ち出されれば、イギリスが否やなど言えるわけがない。
「わかった、解ったよ!言えばいいんだろっ」
「ちゃんと心をこめて言ってくれよ」
実に楽しげな顔をしたアメリカを、イギリスはまるで睨みつけるように見据えた。深く息を吐き、それから大きく吸ってから、おもむろに立ち上がった。
「……アメリカ」
「ん?」
アメリカの襟元へ手を掛けながら、素早く顔を近づける。唐突なイギリスの行動に驚きの表情を浮かべたアメリカに、小さな満足感を覚えつつ、合わせるだけのキスをした。唇をぺろりと舐めながら、すぐに離れる。
「好きじゃなきゃキスなんてするか、馬鹿。あーもう好きだよ、お前が大好きだ。こんな当たり前のことを言わせるんじゃねえよ」
半ば自棄になりながら、愛の告白というには甘みの欠けた口調で言い放った。じわじわと恥ずかしさが胸の奥から湧き上がり、顔に熱が上ってくる。イギリスは赤面した顔をごまかそうと、プイと顔をそむけた。
「……告白って、普通はもっとロマンティックなものじゃないのかい?」
「んなもん知るか」
鼻を鳴らしながら、ちらりとアメリカのほうへと視線を向け、イギリスは目を丸くした。すぐにそらすつもりだったというのに、思わず凝視してしまう。
「……なんだい、じろじろ見るのはマナー違反って、君が昔言ったことだぞ」
「だって、お前……」
真っ赤に染まった頬をむくれさせながら、アメリカはぶっきらぼうに言った。アメリカが照れて赤面することなんて滅多にない。せっかく若干引きかけていた熱が再びぶり返してくる。
「君は俺をなんだと思ってるんだい。酒癖が悪くて、ロマンティックさの欠片もない人とはいえ、恋人に好きだって言われたら俺だって照れるにきまってるじゃないか」
「……間の言葉は余計だ、馬鹿」
完璧に頬に熱を上らせながらも、イギリスは憎まれ口を叩いた。それから、誤魔化すように赤面した自分の頬を軽くはたくと、小さく咳払いをして再び口を開いた。
「と、とりあえず、だ。これでいいんだろ」
「まぁ、うん、いいぞ。約束だからね。俺はこれで今回は水に流すことにする」
「そうか」
アメリカが頷いたのを見て、イギリスがわずかに安心したように緊張を緩めた。それから部屋の片隅に置いてある電話を一瞥する。
「後でカナダにも電話いれておく。あいつが一番被害者だからな……」
苦く笑みながら言うイギリスに、アメリカも同じく苦笑を返した。
「それが良いと思うぞ。なんなら、今から二人でカナダの家に行くかい?」
半分は冗談で提案したアメリカだったが、意外にもイギリスはあっさりと頷いた。