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月夜にコンビニ、悪い虫

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 世良は当たり前のように本気でビビっていたし、堺にしても、年齢だとか先輩としての威厳だとかそんなものはどこかへ霧散してしまっていた。
 なにしろ、あまりにもインパクトのある姿をしている。
「ざ、ざ、ざ、ざあざあ虫だ!」
 我慢できなくなったのか、わーっ、と叫んでソファの影に引っ込み、涙目で世良が叫んだ。
「ああ!? なんだそりゃ!」
「ざあざあ虫だ、絶対ざあざあ虫だ、ばあちゃんが言ってたやつだ……わーっ」
 死ぬ! 俺たち死んじゃう! と、さすがにとんでもないことを世良が叫び始めたので、ここにきてようやく堺も落ち着いてきた。しかし相変わらず虫は黒光りしているわデカいわ、おぞましさが軽減されたわけでは決してない。ただ、このまま叫んでいてもどうにもならない――と、ここはさすがに堺も伊達に31年生きていない。
「……よし、世良、抑えて潰せ」
「なんで俺なんスか! 見て! 涙目ッスよ!」
「知るか! お前こういうの平気だろ、ほら、イヌとかネコとか、喜んで虫くわえてくるじゃねえか……」
「俺はイヌでもネコでもねえッス! 虫も苦手ッス!」

 そこからまた、お前が、いやいや堺さんが、とダチョウ倶楽部のようなやり取りをして、ほとんど虫の存在を忘れかけていた2人を現実に呼び戻したのはお隣さんの「堺さーん、大丈夫ですかー?」という声だった。
「あっ……すいません、うるさくしちゃって!」
 虫との距離はそのままに、堺がベランダに向かって叫べば「大丈夫なら、いいんですよ」と人の良さそうな声が返ってくる。世良も会ったことがあるけれど、確かお隣さんはホカホカした顔つきの優しそうなおばちゃんだ。
「……世良、わかるだろ」
「わかるけど俺はやれません」
 なんだよ、なんスか、と、ソファを間にして暫し睨み合う。先輩後輩も、恋も愛もへったくれもない。
「……クソッ!」
「あー! 何するんスか!」
 完全に詰んだ堺は、やけっぱちに自分が床に放り出していた世良の『少年ジャンプ』を虫に向かって投げた。しかし、まさかジャンプもこんなふうに使われるとは予想だにしていなかったのだろう。空中で分厚いページが「ぱかっ」と開き、しかも悪いことに――
「あっ、クソ……」
「あーっ」
 真ん中あたりの『銀魂』のページを仰向けに開いたまま、ジャンプはあろうことか、虫の上にばさりと落ち、その姿を隠してしまったのだ。
「最悪! 堺さん、最悪!」
「黙れ世良!」
「俺のジャンプッスよ! まだ全部読んでないのに……」
 なんだコラ文句あんのか、なんスか俺が悪いんスか、と睨み合い、今度は世良が無言で堺に向かってクッションを投げ、堺も堺でそれを投げ返す。まるで中学生だ。
 しかし2人が争っている間にも、ジャンプの下からは絶えず“ざあざあ虫”が蠢いているらしき気配が漂ってくる。時々ゴソゴソと音がするのが、いかにもおそろしい。
「……わかりました俺ジャンプ諦めます、だから堺さんジャンプの上から踏み潰してください」
「駄目だ床にグチャッてなんだろ」
「そんくらい妥協してくださいよ!」
「できるか馬鹿! んなことしたら俺は引っ越す!」
「あっ出てきた!」
「あークソッ気持ち悪ィなァ!」

 ウゾウゾと、カサカサと、ジャンプの再生紙を体でなぞる音を立てながら“ざあざあ虫”がジャンプの上に昇ってくる。ちょうど、『銀魂』の銀さんの顔の上に乗っかる形だ。
「俺、まだ『銀魂』読んでなかったのに……」
「うるせえな、コミックス買えよ」
「……」
 じ、といかにも拗ね切った目で自分を見つめてくる世良を、堺は思い切り眉間の皺を深くして睨み返した。けれど、珍しくここで世良が怯まない。いつもならビビった犬が尻尾を丸めるのよろしく、目尻をキュウと下げるはずなのだけれど。
「……ざあざあ虫のせいだ」
「はあ?」
「ざあざあ虫が、堺さんを操ってこんなこと言わせてるんだ」
「何言ってんだお前」
 思わずいぶかしんで声を低くした堺をよそに、世良はソファの影で膝を抱え、完全に自分の世界に篭もってしまった。そういえば、小学生のころキレて教室を半壊させた盛岡くんが事件を起す直前こんな感じだったな……と思い出し、流石に堺も慌てる。
「おい、落ち着けよ、なに『世にも奇妙な物語』みたいなこと言ってんだ」
「ばあちゃんが言ってた。ざあざあ虫は、人に取り付いて悪人にするんだ、そんで、月の明るい夜に取り付いた人の体から出てきて、村のみんなを食っちゃうんだ……」
「おーい」
 堺の声は完全に聞こえていないかのように、世良はベランダの窓が切り取った夜空を見上げている。まったく都合の悪いことに、今日は満月だ。
 日本昔話かよ、とか、お前今いくつだよ、とか、いろいろ言いたいことはあったけれど、それ以前に堺は世良のあまりのキレっぷりに、まるで一滴の雨粒が落ちていく瞬間のごとく、スウと冷静になりつつあった。
 ていうか、ざあざあ虫ってなんだよ、よく見りゃただのデカくて脂ぎったムカデじゃねえか、俺はジャンプを投げて何がしたかったんだ、そもそもなんでこんなことになってんだ、コンビニに住めるはずねえじゃねえか、なんであんなに俺は怒っていたんだ、というか俺はもしかしてコンビニに嫉妬していたのだろうか――等々。
「……わかった。おい世良、こっち見ろ」
「……やだ! 俺はざあざあ虫の命令は受けないぞ」
「アホ!」
 埒が明かないのでここは一発世良の頭を殴り、堺は無理矢理ズルズルと小さな体を引きずってソファの影から引きずり出した。
 そして、
「……いいか、見とけよ」
 すたすたと、未だ“ざあざあ虫”が蠢くジャンプに近づくと、「ぷちっ」――とそれを閉じてみせたのである。

「これでいいだろ、機嫌直せ」
「……まだ駄目だ、堺さんからざあざあ虫の気配を感じる」
「……」
 いろいろと言いたいことはあったがそれはぐっとこらえ、堺は「えんがちょ」と呟きながら、床に置かれたジャンプを足で踏みつけた。ぞわぞわぞわ、と足から脳天まで突き抜けた寒気は、無かったことにする。
「な。もう死んだから、大丈夫だろ」
 できる限りの優しい声を心がけて(優しい声、というよりはむしろボソボソした声になっていたけれど)、堺はそう告げた。
 世良は、やはりまだ膝を抱えたままだったけれどじっと堺を見上げた。涙目でどこか疑いの色を残してはいるけれど、おおむね、いつもの真ん丸いあの目だ。
「ほら。……仲直りだ」
 そして堺が手を伸ばしてやると、そろそろと、それを握り返したのだった。

***

 うそみたいな馬鹿騒ぎが終わって、今度は、うそみたいな静けさが訪れた。
 気が付けば、もう『すぽると!』も終わり、という時間だ。
 世良の私物がごちゃごちゃと転がる床の上に堺が座り、その足の間には世良がちょこんと座って、体育座りは相変わらずだけれど、今は随分と穏やかな呼吸で堺の手の指を気まぐれに触ったりしている。堺は堺で、興奮したせいでボサボサになった世良の髪を無心に梳いていた。
「……堺さん、今日見てた映画、どんなオチだったんスか」
「ヒロインの身体から飛び出してきたエイリアンに、登場人物全員グッチャグッチャに殺されて終わり」
「へー……それって、ざあざあ虫みたいッスね」
作品名:月夜にコンビニ、悪い虫 作家名:ちよ子