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ラブレター

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Perplexity -困惑-




 それはなんでもない日常だった。
 いつもと同じように登校し、授業を受け、部活に励む。それは一筋も乱れることのない決まり切った日常で、それ以外の要素が入り込む余地はない筈の、逆に云えばパターン化したごく平凡な 一日が、今日も繰り返される筈だった。
 けれど、どこをどう掛け違えたのか、今自分は酷く面倒臭いことに巻き込まれている。


「オイ跡部、次教室移動だってよ」
 一度教室を出て違うクラスへ顔を出していた宍戸が慌てて戻り、教室変更になったことを跡部に告げる。それを受けた跡部は、教室の扉付近で顔を覗かせる宍戸に視線を投げた。少し訝しげなその視線を受けとると、宍戸は軽く頷き
「なんか急に映画をみるから、視聴覚室に集まれだと」
 云われて、跡部は次が何だったかを思い出し納得したように軽く頷く。次は現国だ、たまにはそういうこともあるだろう。そう思い移動するために席を立つと、それを確認した宍戸が片手をあげて、
「悪い、ついでにオレの分の教科書も持って行ってくれよ」
「ああ?ざけんな。それくらいてめぇで持ち歩け」
「いつもならオレだってそうしてるっつの。けど今からジローのとこ行かなきゃいけなくてよぉ……」
 慈郎の居る教室はこの校舎の端に存在する。次に向かうべき視聴覚室はその対角線上に位置し、行って帰るのも短い休み時間の間では辛い距離にあった。その辺を慮ったわけでもないが、跡部は軽く舌打ちし、仕方なく宍戸の荷物を請け負うことを承諾する。それを受けて宍戸は礼を云うやいなや慈郎の元へと走り向かった。
 残された跡部は、自分と、机の上に投げ出されたままの宍戸の教科書を持ち、教室を出る。
(この俺様をパシリに使おうなんざ、いい度胸してるぜアイツも)
 ついでとはいえ、なんだか妙に腹が立つ。跡部は厭がらせにこの本を教卓の真ん前に置いてやることを決め、やって来た宍戸の愕然とした表情を想像して溜飲を下げた。そんなことを考えながら、校舎間を繋ぐ渡り廊下を歩いていると、等間隔に植えられている木々の間から人影が見えてふと立ち止まった。
(誰だ……?)
 少しづつ脇に移動して眼を凝らすと、人目を避けるように死角に隠れているのは、一組の男女だった。二人仲睦まじげに寄り添い、男の手は女の細い腰に回りその長い髪を弄んでいる。女は華奢な手を男の胸元に当てながら、男の耳元で何事かを囁いているように見えた。
 一見してどこにでもいる恋人同士の姿で、図らずも目撃した跡部にとってもそう大した光景ではない。が、それでも確認した時点で立ち去らずその場に止まってしまったのは、その男の方に見覚えがあったからだ。いや、見覚えどころではない。
(忍足……か?)
 こちらに背を向けているため確認は取れないが、あの長身に中途半端な長さの黒髪。厚みは薄いが広い背中、そして覚えのあるリストバンド。
 跡部は忌々しげに舌打つ。
(アイツ、こんな眼につき易い場所で何やってやがる)
 それは同じテニス部に所属している忍足侑士の姿だった。
 個人的には忍足がどこで誰と何をしていようと一向に構わないが、せめて時と場所くらいは選んで欲しいものだと思う。こんな、短い休み時間に決して人通りは少なくない場所で憚らず見せ付けることはないだろう。今更どんな派手な噂を立てられようが知ったことではないが、部内に影響が出ると困ることも事実で。
 跡部は一瞬、眉を顰めるとふいに腕時計を見て再び舌打ちをした。休み時間終了まであと三分ほどしかない。
 正直面倒くさいと思っても、このまま放っておけないのは性分というもの。跡部は手にしていた宍戸の教科書を躊躇いもなく柱に叩きつけた。その激しい音に驚き振り向いた男女に一瞥をやると、静かに申し渡す。
「目障りだ。失せろ」
 跡部の姿を認めた女は顔を赤く染め上げ、慌てて忍足の胸から抜け出し走り去った。残るは、突然の跡部の登場に多少は驚いたもののすぐに立ち直り、あの底の見えない笑みを浮かべる忍足だけ。
 跡部はこれで用は済んだとばかりに踵を返すと、その白い背中に低く甘い声が投げられた。
「待ちや」
 進もうとした歩みをその声に阻まれて、跡部は不機嫌そうに肩越しに振り返る。忍足はそんな跡部を見て、うっそりと哂った。
「なあ、なんで声かけたん?」
「ああ?」
「いつもやったら、人がどこでイチャつこうと気にせんやん。……やのになんで今回は追い払うん」
 もしかして、ヤキモチ妬いてくれたとか……。
 そう暗に嘯く忍足に、跡部は向き直って吐き捨てる。
「妬く?誰に。お前に?それともあの女にか?バカバカしい。単に気を回してやっただけで、そこまで穿たれちゃたまらねえな」
 心底忌々しいと云わんばかりの跡部の態度に、忍足は肩を竦めてあっさりと引き下がった。
「なんや、残念。けど、少しは焦ったんとちゃう?自分に惚れてる男が他の女と一緒におったんやで」
 忍足はゆっくりと近付いて、自分と跡部の間を阻む渡り廊下の柵に両腕を乗せた。そして若干段差のために上にある跡部の顔を、覗き見るように上目遣いに見上げる。
 そんな忍足に跡部は鼻で笑って取り合わない。
「ハッ、残念だったな。俺様はお前みたいな奴のいうことなんざ端から信じちゃいねぇし、あんな 程度で妬くほど暇でも落ちぶれてもいねぇよ」
 それを聞いた忍足は、一瞬固い無表情になった後、ゆるゆると頬を緩め苦笑う。
「相変わらずつれへんなあ…………」
(そう簡単につられて堪るか)
 むしろ、気がある素振りを見せれば引くくせに。
 つくづく厄介な男に捕まったものだと、跡部は内心溜息を吐いた。
 そうして跡部の意識が僅かに逸れた隙、忍足は何げない仕草で跡部の腕を掴み握り締める。
 その感触にはっと我に返った跡部が、反射的に手を引いてもしっかりと掴まれた腕は放れず、無駄に締め付けを強めるだけに終わり益々跡部の苛立ちを募らせる結果となった。
「――――っ」
 力ずくで離れようとしても許してくれない忍足に、次第に怒りが込み上げる。そしてそれを煽るかのように、厳かに始業のチャイムが鳴り響いた。
「…………放せ」
 低く、恫喝するような声音で凄んでも、相手は少しも気に触っていないかのようにうっすらと笑みすら浮かべている。その余裕のある表情すら跡部の勘を刺激して止まない。
 教室では授業が始まったのだろう、先程まで聞こえていた喧騒が収まり、二人の間に静寂が横たわる。季節が替わり暖かみを増した風が徒に通り過ぎては髪を嬲っていく。
 腕を掴んでいる掌の、その思いも寄らない程の熱を感じて跡部は急に息苦しくなり眉を顰めた。 振り払いたいのに出来ず、ただ移り伝わる熱の感覚と固い指の感触を享受している。
 視線は、逸らさない。いや、逸らせないまま忍足の底の見えない闇色の瞳を覗き込んでいる。彼の眼はどこまでも漆黒に染められ、その濃さに瞳孔すら見えない。そのせいなのか、こうして近くで対峙しているにも関わらずどこか焦点が合っていないように感じられて、無駄に不安と不気味さを起こさせた。
作品名:ラブレター 作家名:桜井透子