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ラブレター

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 そんな跡部の気持ちを察したわけでもないだろうが、忍足はふっと頬を緩ませ、次いで掴まえていた腕からなぞるように手を移動させながら、跡部の指先を捕らえる。そしてさりげなく掌に爪を掠らせ、その感触に揺れる跡部の表情を楽しんだ。
 小さく走った紛れもない快感にうろたえる跡部を尻目に、忍足はその形の良い指を己に近付け、そっと爪先にくちづけた。その間も、視線は絡めたままで。
 驚き眼を見開く跡部に薄く笑い、くちづけたまま、
「俺んこと、何をどう思ってくれてもええけど、……跡部が好きやってこと、この言葉だけは信じてくれへんやろか」
 云って、触れている白くて汚れのない指先を躊躇いなく口に含んだ。
「なっ――――」
 どこもかしこも固い身体で唯一、無防備に柔らかい皮膚に含まれ熱い粘膜に舐められて、跡部は動揺のあまりとっさに振り切るようにして自分の手を取り換えす。その時に、爪が掠ったのか忍足の口元に小さくみみず腫れが走る。
「――――っ」
 肉を引っ掻くような感触と、歪められた忍足の表情に、舌で舐められる生々しい感覚。
 一体どれに強く反応していいのか判らなくて、跡部は反射的に指を握り込むと、今度こそ踵を返してその場を逃げるようにして後にした。
 忍足は赤く滲む唇を指先で押さえながら、それでも眼は跡部の背中を追っている。ちろりと患部を舐め、次いで嬉しそうに頬を緩めた。



 始業のチャイムが鳴ってから結構な時間が経っていたにも関わらず、足を運んだ視聴覚室に担当の教師はまだ来ていなかった。ざわめく室内を横切り所定の席に辿り着くと、跡部は重い身体を投げ出すように、盛大な音を立てて椅子に座り込んだ。それに気付いた宍戸がのんびりと近付いて来る。
「結局オレの方が早かったな。どこに寄り道してたんだよ」
 不思議そうに尋ねてくる宍戸を一瞬だけ流し見、すぐに不機嫌そうに眼を半眼にして、黙り込む。そんな様子の跡部に、宍戸は軽く肩を竦め気を取り直すように、話題を変えることにした。
「あ、そういやオレの教科書。悪ぃな」
 無言で差し出されたそれを受け取って礼を述べようとした宍戸の顔が固まる。
「……な、なんだよコレ!折れてるじゃねぇかっ」
 見事に丁度半分目くらいの箇所でへこみ折れてしまっている教科書を握り締めながら、宍戸は跡部に詰め寄った。
「お前オレの本で何してくれてんだよ!見ろっ、この折れ曲がった教科書」
 大声で捲し立てる宍戸に、跡部は更に苛立たしく眉間に皺を寄せる。
「うるせぇな。本やノート程度でごちゃごちゃ吠えてんじゃねぇよ。大体そんなに文句があんなら 自分で持って行きゃ良かっただろうが。人に運んでもらってガタガタ抜かすな」
 これ以上はないというほどあからさまに機嫌が悪い跡部に、宍戸は驚き、そして数瞬の後「お、おう」と意味不明に呟いてからその場を離れた。
 ここに来る間に何があったのか知らないが、あそこまで不機嫌な跡部の側にいては、いつどんなとばっちりを被るか判ったものではない。
 触らぬ神にたたりなし。
 そんな思いから宍戸は諦めて退散したのである。
 そして当の跡部はというと、先程とは打って変わってぼんやりと自分の手を眺めていた。それは忍足が掴んでくちづけた指先。甦るのは熱い体温、湿った吐息、猥褻な唇、そして

 ――――好きやってこと、この言葉だけは信じて。

 低く甘く、熱の籠った囁きが脳裏に浮かんできて、跡部は忌々しげに舌打ちをした。
(都合のいいことばっか云いやがって。……誰がてめぇなんかを信じてやるかよ)


 お前なんか、いつだって俺が欲しいと野良犬のように叫び続けていればいい。



作品名:ラブレター 作家名:桜井透子