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「我は何もしてやれぬ」

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「おい」
 手の空いている者たちが集まって、小姓部屋で談笑していた時だった。もちろん、その輪に大谷は入っていない。
 大谷は一人、部屋の隅で兵法書を読んでいた。「武芸ばかりが奉公ではないのだよ」と言って、半兵衛が渡してくれた書だ。今思えば、半兵衛は将来の大谷の病を予見していて、剣や槍以外の力を育てようとしてくれていたのかもしれない。
 その姿に、小姓衆に召し上げられたばかりの三成が気付いたのだった。
「貴様は書を読むのが好きなのか?」
「……ああ」
 我に話しかけるとは酔狂よな、と思いつつ、大谷は書物から顔を上げた。しかし視線は噛み合わなかった。佐吉はその書は何かということばかりを気にして、大谷の顔など見てもいなかったのである。
(人に声をかけておいて、失礼なやつもいたものよ。しかし文句など言って、厄介ごとの種を増やす気にもなれぬな)
 何しろ、小姓部屋の中では四面楚歌なのである。大谷は何気ない風で書を閉じ、三成にも外題が見えるようにしてやった。
「この身では、書を読む以外に何もできぬ日も少なくなくてな。そうしてあれこれ読み進むうちに、書そのものを好むようになった」
「成程。で、その書は貴様のものか?」
「いや、竹中様がお貸し下さった」
「竹中様にか!」
 敬愛する半兵衛の名が出た瞬間、三成の目がぱっと輝く。だがどうも、それだけが目を輝かせた理由ではないらしい。
 聞けば、三成も書を読むことが大好きなのだという。手持ちの書はもう何度も読み返していて、ほとんど覚えてしまっているのだそうだ。
 要する、読み飽いてしまったのだなと大谷は理解した。しかしこの時代、書物は非常に高価なもので、簡単に手に入れられるものではない。喉から手が出るほど新しい書が欲しくてもどうにもならぬ。
 そんな時に三成の耳に入ってきたのが、半兵衛の蔵書の話だった。半兵衛は生まれ持っての才覚だけに頼って名を上げたわけではない。勉強にも熱心で、古今東西の軍学書や兵法書を集め持っている。部屋など蔵書に半ば埋もれたような形だ。
 書に飢えていた三成が、その話に心を躍らせぬはずがない。なんとか読ませていただくことはできないか。お借りすることはできないかと思っていたのだという。
「ではこれをお返しに行く折にでも、竹中様にお伺いしてやろう。読み終えるまで幾日か待て」
「幾日かだと? そんなには待てん。今すぐ読み終えろ」
 とてもではないが、頼み事をしている側には思えぬ傲慢な態度だった。
 平然と無茶を言う三成の顔をしげしげと眺め、大谷は驚きも怒りも通り越して呆れ混じりの溜息を吐いた。先程話しかけてきた時もそうであったが、この男は人への遠慮というものを知らぬらしい。
 だが不思議と嫌な気分はしなかった。三成は遠慮もしないが、自分を偽ることも、周りの目を気にすることも一切しないらしい。書が読めると思えば嫌われ者の大谷と言葉を交わすことも厭わず、それを見た連中が冷たい視線を送ってくるのも、聞えよがしの悪口を言っているのも気にしていない様子だ。
(これは愉快、ユカイな男よな。これを無下に扱って、縁が切れてしまうのは少々つまらぬ)
 そう思い直すと、大谷は書を手に立ち上がった。この頃、まだ大谷の足は萎えていない。
「そこまで言うなら共に来るがよかろ。ぬしが竹中様に直接お伺いするが良い」
「本当か!」
「嘘など言わぬ。そら、来やれ」
 嫌われ者の大谷と、秀吉自身が才を見出して召し上げた三成と。その二人の奇妙な取り合わせに周りがざわめくのがまた愉快で、大谷はひさかたぶりに胸がすく思いだった。
 上機嫌な三成が、目どころか顔全体を輝かせて着いて来るのも悪い気はしなかった。半兵衛から念願の書を借り受けた三成が、当然のような顔して大谷の隣に腰を落ち着けるのも嫌とは思わなかった。解釈が難しい部分にぶつかった三成が、これはどういう意味だろうかといちいち訊いて来るのも、書見の邪魔というより楽しいと思えた。
 半兵衛にしても、自分が貸した書物から貪欲に知識を吸収していく二人を見るのは楽しかったのだろう。貴重な書物を惜しみなく二人に貸し与え、近頃では雨が降る度に自ら声を掛けてくださるようになった。
 どうやら大谷は書を通じて、三つのものを手に入れたらしい。ひとつは知識、ひとつは半兵衛の信頼、もうひとつは三成という友人だ。
 特に最後、三成を得たことが大きいように大谷は思っている。あれは面白い男だ。あれが笑うと我も愉快な気分になる。あれが喜ぶと我も大層心地良い。
 それまでの、一人で書を読んでいた日々とは比べ物にならなかった。まるで三成という光が、彼の世界を照らしたかのような気分がした。
(雨よ降れフレ。雨になれば竹中様がまた書を貸してくださる。書が借りられればまた佐吉が喜ぶ)
 そんなことを思ってからふと我に返って、「我が他人の喜びを願うようになるなど思ってもおらなんだわ」と苦笑することすらあったのを覚えている。


作品名:「我は何もしてやれぬ」 作家名:からこ