you are my hero.
「…なに、これ」
階段を上がり、屋上へと開くドアに手をかけようとしたとき、臨也は足元に転がるものに気づいた。引きちぎられたとしか言いようのない、醜くひしゃげたチェーンと…
完全に砕け、分解されている錠前。
奇妙なスクラップに首を傾げつつも、そのときはまだ、それが何であるのかを理解してはいなかった。
もちろんそれは、平和島静雄が『本当に素手で引きちぎったチェーンと錠前』だったわけだが。
立て付けが悪くなり(これもおそらく静雄の仕業だ)やけに音を立ててきしむドアを開け、薄暗い踊り場から、光あふれる屋上のコンクリートに脚を下ろし、前髪の前に、日差しを和らげるためにかざした手のひらの向こうに――――――
『少年漫画の主人公』が、いた。
臨也にとって、今思っても忌々しい事実だが、その一瞬、平和島静雄を語った多くの人間の瞳がはらんでいた憧憬を、彼も覚えていた。
陽光に白く輝くコンクリートの上に、無造作に転がる細身の少年は、金色の髪を強い風になびかせながら、ぼんやりと空を眺めている様子だった。
噂に聞いていた『むちゃくちゃな強さ』こそ感じ取れなかったが…その姿はとても、さびしげで。
ものがなしさに満ち、他人を寄せ付けず…。
誰もが夢に思い描く孤独のヒーロー、その佇まい、そのものであった。
「平和島君」
臨也はなるべく、平静を装って声をかける。
大きいとはいえない影が、むくりと起き上がる瞬間、言いようのない感動が胸を貫いた。
本当に、いるんだ。
頭の奥で、誰かがつぶやいた。
こんな存在が、本当にいるんだ。
フィクションの中にしかいないはずのヒーロー、それが眼前に、『生きた人間』として顕在化していることへの感動。平和島静雄を目にしたものは、それを、必ず実感してしまう。あの、怪力を見せ付けられる前であっても。もちろん、気づかない人間もいるのだろうが、長く人間という種族を愛し、観察してきた臨也には、目の前の、自分とそう背も体格も違わない少年が、どれほど異質であるのか、瞬時に理解していた。
…これは、ぜひとも、『手元におきたい逸品』だ。
「…誰だ、お前」
ぼそりと漏らされた声は、意外なほど素直に響いた。
クラスと名前を伝えると、平和島静雄は、ふうん、とだけ呟いた。
「悪いことはいわねえ、さっさとどっかいけ」
なんだ、その漫画みたいな台詞。
作品名:you are my hero. 作家名:さわたり