you are my hero.
ある日の朝、始業前、職員室前に、黒山の人だかりができていた。とうとう、この学校でも、平和島静雄がやらかした、そんなささやきが聞こえる。傷害事件、負傷者多数、被害者には女生徒も…。職員室の中で静雄が教師に詰問されているのは明らかだった。臨也は…。
動けなかった。
臨也にはわからなかった。ある意味では、この瞬間を待っていたはずだ。人間観察、あらゆる人間の生態情報の収集。臨也のゆがんだ趣味の、格好の餌食。今の状況は、それ以外の何者でもない。特別な人間が犯した、特別な事件。高校生には刺激的すぎる事件。それが目の前にぶら下げられているというのに、外部の情報収集に走ることも、職員室に駆け込んで事件の中心をつぶさに見つめることも、できなかった。
なぜだ。
自分も、静雄の犯した事件も理解ができないまま、臨也は屋上に向かった。そして、生まれて始めてサボタージュをした。屋上には、静雄以外は誰も近づかなかった。臨也が、いくらそこで虚空を見つめていても、誰一人注意になど、やってこなかったのだ。
日が落ちた頃、人影がひとつ、現れた。
「臨也」
人影は、屋上に足を踏み入れ、臨也を見つけると、軽く5分はそこに立ち往生していた。臨也はそれを、その人影が誰であるかをわかっていても、駆け寄ることができなかった。
絞り出すような声をかけられて、ようやくそれに近づく。
顔に、腕に、そこここに生々しい傷跡をつけた静雄が、珍しく、悔しげな表情をあらわにしたまま、近づいてきた臨也を誘導するような動きで、フェンスまで歩み寄り、そこに背を預けた。
「やっちまった」
話は単純だった。
繁華街でチンピラに絡まれている同校の女生徒を助けようとした。だが、やりすぎた。チンピラと一緒に、女生徒にまで怪我を負わせてしまった。それだけ。
静雄は多くを語らなかったが、事態が悪化した理由は、臨也にはある程度予想がついた。『普通の人間では持ち上がらないような、巨大で、殺傷力のある重機』を、静雄は投げ飛ばしたのだろう。臨也はまだ、それを直接見たことはない。しかし、情報収集の過程で、携帯カメラなどの画像をいくつか入手していた。その様は、簡単に思い描くことができた。
「どうして俺は、こうなんだ」
懺悔の言葉を真横で聞きながら、臨也は、静雄以上に戸惑っていた。
さまざまな想いが去来していた。
作品名:you are my hero. 作家名:さわたり