つくりものの温度
***
二度と、逢いたくはない。もう逢わない、とその時は思う。なのに、彼がカンナのことを、何か、知っている、と思うと、ぼくはあの事故の場所に、向かわずにいられなかった。ぼくは、少しおかしいのかもしれない。
彼は、時々、その場所にいた。そして、ぼくをめざとく見つけて、小さく笑った。つくりものの微笑み、だった。きっと、このひとは、こころから笑ったりしないんだろう。
ぼくは、彼が実はイリーガルなんじゃないかと疑いはじめていた。
その青年は、突然、ぼくの日常にあらわれた。ぼくの知りたいことを、知っているようだった。カンナのことを思わせぶりに言うくせに、ぼくが訊ねることを、何一つとして教えてくれなかった。猫の目のような鋭い目で、時折ぼくをうかがった。興味深そうな、とても冷たい瞳をすっと、細めて、ぼくを見つめて、小さく口元を歪める。笑っているのに、笑っていないような、表情だった。
イリーガルには、表情なんかない、筈だ。
都市伝説の中の、そしてぼくも何度も目にした、のっぺりとした黒い影のようなイリーガルと違う。ちゃんと人の姿をしているけれど、何か、現実にはいないように、感じられた。
電脳と現実の世界は限りなく曖昧に近付いている、となにかの本に書いてあった。少し前――数十年前、今みたいな眼鏡なんてものはなかった。電脳と現実を重ね合わせるなんてことは、その頃の人間には、少し受け入れがたいことだった。勿論技術だって、今よりもずっと、不完全だったという。それでも今は、それが当然のことになっている。なにが現実で、なにが現実じゃないのか、何を基準にしてるのかなんて、とっさに説明なんかできない。
「アナタはイリーガルなんじゃないですか」
ずっと黙っていたぼくが突然そんなことを口にしても、彼は驚きはしなかった。少しだけ、口の端を歪めて、笑った。さあ、どうだろう、と首をすくめた。
彼はぼくに、ベンチに座るように、示した。ぼくが座ると、彼は少し離れて座った。古いベンチが、傾いてきしんだ、ような気がした。
「君は、面白いことを言うね。それによく調べている。流石だ」
彼は手元で、指を組んだ。何かを考えているように、宙を上目で睨んだ。
「イリーガルという、電脳生物が確認されたのは、数年前のことだ。当初は、バグ、あるいはウィルス、だとされた。――今でも、メガマスはそう主張している」