つくりものの温度
「はい」
「彼らに意思があるのか。電脳ペットもそうだが、あらかじめプログラムされた意識をこころと呼ぶのかは、僕らが決めることじゃない。もちろん、誰にも決められない」
「でも」
「肉体と精神が、切り離せないなどという常識はもう通用しない」
ぼくは、ぞっとした。からだとこころが離れてしまう。だから、例え、からだが死んでしまっても、こころだけは存在しつづける。その置いてきぼりにされたこころは、どこに、行くんだろう。
「―――と、まあ、ある電脳生物研究者のことばだがね」
そのときだけ、彼はひどく、暗い表情を浮かべた。それだけはつくりものには見えなかった。眉間の皺が、深く刻まれていた。ふと彼は顔をあげて、僕を見た。一瞬の表情は、錯覚だったかのように消えていた。
「もしイリーガルに心と呼べる意思があると仮定して、そもそもイリーガルは、自分のことをイリーガルだなんて考えないんじゃないのかな。僕はそう思う。――君はどうしてそんなことを考えたんだい?」
彼は答えにしては曖昧なことを言って、ぼくの腕にふれた。ぼくは、大袈裟なほどびくりと震えた。まるで、それは生きていないみたいな、おかしな感触がした。違和感、生きてるのに生きてない、ように矛盾した。
「現在、電脳メガネは主に視覚に対して作用するが、実際は、五感のほとんどを電脳空間に置き換えることができたという。さすがに、味覚は無理だったのかな」
ぼくは頷く。都市伝説のひとつとして聞いたことがある。五感。イマーゴと呼ばれる機能とともに、削除されたという。不具合があったからと囁かれているが、真相はわからない。
「だが、その技術は封印された。可能なことを実現させないのは、何故かわかるかい。原川君」
ぼくは首を振った。うっすらとはわかるけれど、それはうまくことばにならなかった。
「――現実が何だかわからなくなってしまうからだよ」
彼は少し間を置いて、多分ね、と付け足した。彼の手が離れた。ふれる感触は確かに感じた。なのに、冷たくも温かくもなかった。まるでつくりもののみたいだった。ぬめっとしていて、ぼくはぞっとした。
だから、彼がイリーガルじゃないかと、思った。