つくりものの温度
ぼくは手を伸ばして、その温度を確かめようとした。けれど、急に怖くなって、指をひっこめた。逃げたぼくの手を、彼は狙いすませたようにとらえた。ぎくり、とぼくは、震えた。ぼくのおびえを、面白がるように、彼は、ひっそりと口の端を歪めた。まるで、獲物を見つけた猫のように。
「今、俺は、君にふれている?」
ぼくは、肯定も否定もしたくはなかった。どちらかに、決めてしまうことは、怖い。
「わからない?」
そう言って、彼は、レンズの奥の目を細めた。その目に、自分がどう映っているのか、わからない。ぼくの、こころを全部知られているような、気がした。
「それとも知りたくないのかい」
口元が小さく歪んだ。笑みにしては、いびつに見えた。感情の薄い、表情だった。いや感情と表情が一致していない、ような、ちぐはぐな、顔をした。
「―――君は知りたくないんだ、本当は」
「違う」
「葦原カンナのことなんか、ね」
「ちがう!」
ぼくは反射的に声を荒げていて、自分でも驚く。ぼくは、カンナのことを、誰かに言われたくなかった。ぼくはただ、カンナのことを、カンナの悲しみをどうにかしてあげたい、だけ、なのに。
男は、肩をすくめて、上っ面のことばだけ、謝った。ぬるっとした、声で、耳の中をするすると通り過ぎた。ただ、ぞっとする感覚だけを残して。
「まあ、どちらでも、構わないな」
男は、強い力で、ぼくの腕をつかんだ。ぼくは払おうとしたが、ムリだった。彼の手は、驚くほど強かった。それから、まるでつくりものみたいな、感触、だった。渇いているのに、濡れているように、ぬめっとしていた。
「君が、ほんとうに知りたいことを、教えてあげようか」
「そんなこと」
つかんでいた手を、離されて、ぼくは手首から先が、じんわりと、しびれていることに、気付いた。
追い詰めるように、からだを壁に押しつけられた。コンクリートの壁だった。少し黴くさい、臭いが鼻の奥につんとした。
「何を、するんだ」
ぼくは、精一杯の虚勢をはった。声は震えていた。捕食される前の草食動物だって、もっと勇敢な筈だった。ぼくはガゼルのように逃げ出そうとすることもできない。公園にある、樹に群がった蝉たちの鳴き声だけが、耳の奥に延々と響いていた。
そのリフレインの中で、彼の声だけは、奇妙にくっきりと聞こえた。