つくりものの温度
ぼくは、あぁ、と声を漏らした。手を握りしめた。指が小刻みに震えている。そして、からだと電脳体が分離しはじめていた。一年前から、ぼくはときどきそういうことがあった。カンナが死んだ日、から。
手が、ぼくにふれている。ぼくは確かに、何かの、感触を、得ている筈なのに、なんだか違う。ほんとうに、ぼくの感覚が働いているのかわからない。わからないことは不安だ。足下すらおぼつかず、膝から力が抜けて、がくりと地面に倒れ込んだ。彼の足下で、膝をついた。
ぼくは、彼を見上げた。
まるで、すがるように、無意識のうちに、ぼくは、それを求めていた。
気付きたくなかった、でも気付いていた。ぼくは、それを、……。
「――何故、皆、怖がるんだろうね」
「なんで…」
「何も、怖がることはないんだよ、研一君」
彼がぼくの腕をつかんだ。強い力でひっぱられた。ぼくの手をつかんでいる筈の手は、やっぱり、汗のひとつもかいてない、手だった。
「あの場所には、君が望むものがある。どんな、願いも、叶うんだ。」
ぼくは、息を呑みこんだ。喉からひきつったような声が、こぼれた。
「こわがらなくて、いい。僕と、一緒に、おいで」
彼の指の力が、強くなった。一瞬、ぼくの腕にずぶりと沈み込むみたいに、かんじた。まるで、イリーガルのように、――つくりもののように。心臓がせわしく鼓動を刻む。息苦しい。
ぼくは、ぞっとして、その手を払った。
つくりものみたいな手の、感触。
―――実際は、五感のほとんどを電脳空間に置き換えることができたという。
電脳体と現実のからだを分離させる。
―――その技術は封印された。
そして、新たな電脳世界を、構築する。電脳体だけの。
―――現実が何だかわからなくなってしまうからだよ。
その世界の主が、望むように。願うままに、作られる。
―――ミチコさんは、願いを何でも叶えて、くれる。
優しい世界。
ねがいが、なんでも、かなえられる。
つくりものの、せかい。
ぼくは、慌てて、その手を払った。彼の手が偽物であることよりも、自分の、今の感覚が、つくりものにすぎないのではないかと疑って、そのことにおびえた。この感覚が、つくりものじゃない、なんて、ぼくには否定もできない。一度、疑ってしまったらダメだ。
あのつくりものの温度。