つくりものの温度
夕暮れになってもちっとも気温は下がらない。風は、生温く吹いている。夜になっても、気温は下がらない。なのに、あの手だけは、冬の最中のように、ひんやりと冷たい。見境もなく走っていて、ようやく交差点で、ぼくは立ち止まった。信号は赤だった。立ち止まり、心臓を押さえた。息苦しい。背中に、寒気が這った。じっと握りしめていた手のひらをひらいてみた。厭な汗で湿っていた。車が通らない車道に、生温い風が、吹いた。その瞬間、あのつくりものの温度がよみがえった。ぼくは息をのんだ。また、心臓をわしづかみにされたような痛みが走った。そう、あのつくりものの手に。ぬめっとした手が、ずぶずぶと、ぼくのからだにのめりこむのが、頭の中に浮かんだ。吐き気がこみあげて、ぼくはしゃがみこんだ。えずいたけれど、吐くことはできなかった。
ぼくは胸をおさえて、手のひらの汗をシャツで乱暴に拭った。息苦しさがおさまらない。
信号が青になっても、ぼくは動けなかった。遠くの交差点で、音楽が聞こえはじめる。あの、さびしげな音楽が流れはじめた。猫目の姿が影のように一瞬よぎり、すぐに消えた。