つくりものの温度
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あれからぼくは、ずっとカンナのことばかり思い出していた、いた。カンナの死んだ理由を、ずっと考えていた。事故は、カンナのせいじゃない。カンナが飛び出したわけじゃない。
あいかわらず夏の光は、ぼくの肌をひりひりと灼いている。
小さな交差点の前で、立ち竦んだぼくを、ヤサコが振り返った。ヤサコは、ぼくの顔をのぞきこんで、いた。心配そうな顔、だ。ぼくは、弱々しく笑みを返す。最近、ヤサコはぼくの行動をよく思っていない。
自由研究をすすめることを。おばちゃんと、同じだ。ヤサコは、ぼくのこころの動きに少しだけ、気づいている。
「ハラケン?」
(けんいち)
ヤサコの声が、一瞬、カンナの声と重なって、ぼくは、小さく呻いた。恐怖が浮かび上がった。
ぼくは、こわがっている。カンナのことを考えるのが怖い。でも考えないなんて、ゆるされない。
「だいじょうぶ、ハラケン?」
「うん、」
「もう、雨が降りそうだし、帰ろうか」
「……」
ぼくが顔をしかめると、ヤサコはいつもの遠慮がちな、弱々しい笑みを浮かべた。ヤサコはいつもそうだ。ぼくのことでとても気を遣っているのがわかった。心配されているのもわかってる。でも、今はその気持ちが受け入れられなかった。
ぼくは、カンナの悲しみを、忘れてはいけない。
それだけだ。もう一度、カンナに、逢って、その悲しみを、
ぼくが、
ぼくが、
無くしてあげない、と。
カンナ――。
「そうだね」
ぼくは、どうにか、笑みを浮かべた。つくり笑いだった。ぼくは笑うのがへたくそで、でもこのときばかりは自然と笑えた。嘘をつく方がうまくいくなんて、ぼくはつくりものみたいだった。
ヤサコは、ぼくのつくりものの笑顔にほっとしたように、微笑んだ。
「帰ろう」
ぼくらは話もせずに、とぽとぽと歩きだした。家に帰る途中まで、一緒に歩いた。ふたりとも、足下ばかりを見つめていた。何か、ひとことでも口にすれば、壊れてしまいそうな距離があった。ぼくは自分の影だけを見つめて歩く。ヤサコとの距離はどんどんと離れていく。ヤサコはときどき振り返った。ぼくは、その度に淡く笑った。つくりものの、笑み。それは思ったよりも、簡単だった。
ぼくは、もう、決めていた。