つくりものの温度
灰色の雲が、あっという間に空に広がった。雨がいまにも落ちそうだった。今にも、重たい雲から、雨が落ちてきそうだった。空気が水分を含んで、呼吸すら苦しい。
―――たすけて、とカンナが、さけんでいる。
ぼくは雨に濡れるのも構わずに、歩き続けた。あの交差点へ、と。
雲に覆われた空の、西の方がほのかに赤い色に染まっていた。きん、と耳鳴りがして、視界がぐらっと揺らいだ。とつぜん、ぼくの前に影があらわれて、腕を伸ばした。黒い腕は僕のからだを突き抜けて、ぎゅっうと、心臓をつきぬけた。そして僕を通り抜けていった。
交差点の向こうに、黒い穴がぽっかりと開いた。血みたいに赤い夕闇。さっきの影が、ゆらゆらと揺れていく。揺れているわけじゃない。手みたいなものを、ゆっくりと振っている。ぼくを招いているみたいに。その影のひとつが、段々と輪郭をくっきりさせる。長い髪と、ワンピース。ぼくは息をのんだ。
(ケンイチ)
そのはかない声が耳にとどく。
それが顔をあげて、ぼくは彼を見つける。交差点の向こうで、彼がたたずんでいる。つくりもののように、ゆらゆらと。彼が手招きする。とおりゃんせ、のメロディが流れはじめる。ぼくは、昔、近所のおばあさんに教えてもらった、歌詞を思い浮かべた。
とおりゃんせ とおりゃんせ
ここはどこのほそみちじゃ
てんじんさまのほそみちじゃ
ちょっととおしてくだしゃんせ
ごようのないものとおしゃせぬ
このこのななつのおいわいに
おふだをおさめにまいります
いきはよいよいかえりはこわい
こわいながらも
とおりゃんせ とおりゃんせ
――行きはよいよい、帰りは怖い。
彼が手を伸ばす。ぼくもあやつられたように腕を伸ばす。彼のうしろにぽっかりと、穴があいていた。黒い、影みたいなイリーガルとちがう。はっきりと浮かぶ、彼の姿だった。やっぱり、彼はイリーガルだった。
ぼくは一歩あとずさった。
つかまれた途端に、くらくらと眩暈がした。意識が誘い込まれるように。
夕方の、公園だった。西日がさしこんで、長い影が揺れている。
ブランコに揺られる、少年がいた。ぼくと同じくらいの。切れ長の、目をしている。猫みたいに鋭い。ぼくの方を見て、笑う。
(あまいものは、すき?)
ぼくは頷く。