つくりものの温度
彼はシュークリームを差し出す。べたべたとクリームのような、ものが落ちる。
冷たくもない。手のひらでどろどろと溶けた。ゆっくりと、猫目の顔が近付いてきた。口から、長い、猫のような舌が伸びた。
舌。あの時の感触とは違う。ざらっともしない。
手のひら。なめられても感じない。気持ちが悪い。あの時と同じなのに、違う。どんな感覚だった?
思い出すと、感覚がよみがえる。
なまぬるくて、ざらっとしている。まるで猫みたいに。ぼくの背中がぞっと震える。
「それ、だよ」
彼が、つめたくくちびるをゆがめる。少年の背が急に伸びる。彼になる。「猫目、さん」とぼくのくちびるがわななく。声はでない。彼はぼくのほおにふれる。ほのかに温かい。つくりものの、温度。
「君は今、つくりものを現実にしている。君は、とても上手だ」
君は、葦原カンナを、悲しみから、すくいたいわけじゃない。あの悲しみを消したいわけじゃない。
自分の悲しみを消したいだけだ。
違う違う違う。と否定する。
違わないよ。
手をなでさする。
痛くない。痛みはない。ここでは。
君の望むもの、を与えてあげよう。なんだって。桐原カンナに逢いたいかい? 逢わせてあげるよ。
でも、そんなのはつくりものだ。
つくりものの温度。つくりものの、感覚。
つくりものの感情。
でも、それはつくりものじゃない。君が、望むように、つくったもの、だよ。それはもう現実だ。
「君は、つくりものを現実にすることができる」
つめたくもない、ぬめっとした感触の、手が、ゆっくりと皮膚をなでる。
これで、君に、新しい、感覚を、与えてあげよう。望むものがなんだって手にはいる世界。
彼の手の中から、白いかたまりになったクリームが、べた、べた、と顔の上に落ちてくる。
甘いものが、すきなんだろう。感じてごらん、甘いだろう。ざら、っとした舌のかんかく。僕がなめたとき、熱いと思った? 気持ちわるいと思ったかい?
あの生々しい、感覚。
ほら、その感覚は、つくりものだ。
でも君は、今、それをほんものとして受容した。つくりものが、現実になる。ここでは。
「葦原カンナを呼んでごらん」
「いや、だ」
「来てくれるよ。さあ」
「むりだ」
「葦原カンナを呼ぶんだ」