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つくりものの温度

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 彼は言い含めるように続けた。ぼくは俯いて、いた。じっと渇いた地面を見つめていた。太陽が西へと傾いて、足下の影が変な形に伸びていた。ぼくはうつむいていたけれど、彼がぼくを見つめていることに気付いた。あの冷たい目で。ぼくは何かに抑圧されるように、顔をあげることができない。
「君さ、甘いものが好きかな」
「え……」
 急なことばに、ぼくは驚いた。彼は少し笑いの気配を含ませて、続けた。
「甘いもの、御菓子とか」
「嫌いじゃない、です」
 ぼくはつぶやくように、応えた。少し震えた自分の声が、耳に届いた。
「そう。じゃあ丁度よかった。シュークリームを食べてくれないかい」
「な、んで」
「たくさん買ったんだがね、生憎、待ち人が来なかったんだ」
 待ち人、ということばが、耳の奥にざらっと残った。彼がここにいたのは、自分を待っていたのではないかと、少し思っていた。ぼくから何か情報を得るためでも、理由がなんでも、だ。ぼくは、なぜか、少し落胆していた。
「よかったら、どうぞ」
 彼は隣に置いた小さな箱を、膝の上に置いて、ゆっくりとふたをあけた。ぼくは、彼の顔を見ずにその手元だけを見つめていた。箱の中には、大きなシュークリームがいくつか入っていた。彼はそのうちのひとつを手に取ると、ゆっくりとぼくの前に差し出した。
 彼の物腰は柔らかいのに、ぼくは操られたみたいに、手を差し出して、彼からシュークリームを受け取った。思ったよりも、ずっと重たく感じられた。ぼくはうつむいたまま、そのシュークリームを口に運んだ。その途端、柔らかい生地からとろとろにやわらかくなったクリームがあふれだした。ぼくは、慌てたけれど、こぼれたクリームは、ぼくのてのひらを伝って、地面に落ちた。きいろがかったカスタードとまっしろな生クリームが、奇妙にまざりあって、マーブル模様をつくっていた。
「……ドライアイスを入れてたから平気だと思ったんだけどね」
 彼は慌てるでもなく、淡々とつぶやいた。「悪いね」とうわべだけ謝ったけれど、そんなことは思ってもいないことが見えた。あの冷たい視線を感じた。ぼくは、べたべたになった自分の手を見つめた。頭の中で、小さなネジがはずれてしまったみたいに、何も考えられない。
作品名:つくりものの温度 作家名:松**