つくりものの温度
す、っと長い指が、ぼくの手首をつかんだ。驚いて、ぼくは顔をあげた。彼の目と、視線が合った。フレームの奥の、猫のような目がぼくのことを見ていた。ぞっとするほど冷たくて無機質で、怖いと感じたけれど、目を離せなかった。
彼は強い力でぼくの手首をつかんだままひっぱった。自分の口元に、持って行った。ぼくが驚いて肩を揺らすと、ざらっ、とした感触がてのひらに、ふれた。彼が舌で、ぼくの手を舐めはじめた。
まるで、猫のように。
彼の舌は、まるで猫のように、ざらざらとした舌だった。そして、とても渇いている、ようだった。そのざらっとした感触が少し気味が悪かったけれど、逃げることができない。ぼくの手のひらにべたべたと絡みついたクリームを舐め続けた。きもちわるい、なのに、それから逃れられない。
手首の内側をなめられた時には、流石にぼくはきゅっと直に心臓をつかまれたような気がして、慌てて彼から飛び退いた。
「あ……」
「ぼくは、ね」
青年は、はりつけたような笑みを浮かべた。まるでつくりものみたいな表情だった。
つくりもの、つくりもの。彼と、彼のまわりは、まるでつくりもの、みたいだった。ぼくは、違和感の正体を知った。
「結構、甘い物が好きなんだ」
彼は自分のくちびるについたクリームを舌で、舐め取った。
さっきまでぼくの手を這い回っていた、渇いてざらついた、舌が見えた。
ぼくは、ほんとうに怖くなった。彼から逃げ出すように、走りだした。
公園から、どんどんと遠ざかる。ぼくの呼吸はぐちゃぐちゃに乱れ、胸が痛くなって、ようやく立ち止まった。 まだベタベタとしたままの手のひらから、ずっと、あの猫の舌のような感覚が消えない。ぼくは、ハンカチでぬぐって、そのハンカチを丸めて、道端に乱暴に投げ捨てた。けれど、ハンカチを捨てても、あの感覚は消えたりはしない。背中をおびえが、走った。
あのひとは、全部、つくりものみたいなのに、舌だけが生々しくて、へんな感覚だった。生々しいくらい、巧くできた、つくりものみたいだ。